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鵜飼昌吾
「今年の蓮は本当に見事だな」
久世ツグミ
「ええ、早めに出て来た甲斐があったわね」
鵜飼昌吾
「朝の散歩というのも悪くない。しかもこんな美しいものが見られるのであれば尚更」
鵜飼昌吾
「また来年も一緒に見に来よ……あ」

昌吾はそこで照れたように言葉を切り、僅かに俯く。

久世ツグミ
「見に来ましょう、来年も。その次の年も、ずっと」
鵜飼昌吾
「そ、そうだな!」

大学生である昌吾は今月いっぱい夏休みだ。
そして私は非番。

このウエノ公園の蓮を見るために、
午前8時にアパートを出て散歩がてらここまで歩いて来たのだ。

久世ツグミ
「私ね、実は朝早くにこの池へ蓮を見に来るのって初めてなの」
鵜飼昌吾
「そうだったのか。
かなり楽しみにしているようだったから、てっきり何度も来ているのかと」
久世ツグミ
「私、女学校時代によくこの公園のベンチで本を読んでいたのだけれど」
久世ツグミ
「立ち寄るのは、学校やお稽古事や何かの買い物の帰りが殆どで、
そうなると大概は昼過ぎでしょう」
久世ツグミ
「その頃にはもう花は閉じてしまっていて、
いつか朝早く来てみたいなって思っていたのよ」
鵜飼昌吾
「僕も……似たようなものだな」
鵜飼昌吾
「蓮が有名なのは知っていたのだが、独りだと面倒臭さが先に立ってしまって」
久世ツグミ
「あ、ごめんなさい。やっぱり我が儘だったかし……」
鵜飼昌吾
「そうじゃない!」
鵜飼昌吾
「僕は……その、誰かと行動をする楽しみというものをよく知らなかったんだ」
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