


「ふふ、私にお任せください。”楚々” は心得ております」
著:吉村りりか画:蓮本リョウ
それは、いずれ訪れる幸福な時間。
あったかもしれない未来での一幕の物語――。
燕粋が主催の『楚々ノ宴』が、近々開催されるらしい――そう聞いたカルマは、一人頭を抱えていた。
というのも、その『楚々ノ宴』には『女装』で向かわなければならないと言われたからだ。
(最近人間になったばっかりで色々勉強中なのに、女装なんて全然分からないよ……)
飛んでいる虫を見かけても、炯眼持ちだった頃のように飛びつかなくなったのも、最近のことなのだ。
だからとてもではないけれど、優雅な仕草も、女装も出来る気がしなくて、ウンウンと唸る。
(でも、女装は玖家で大切にされている文化みたいだし……頑張らないと、いけないよね。でもやっぱり僕には――)
「カルマさん。こんにちは」
その時、カルマの顔を覗き込む人がいた。――青凛だ。
「わっ、青凛さま!? どうしてここに……」
「ふふ。お忍びで遊びに来たんです」
しー、と内緒話をするように青凛が唇に人差し指を当てる。それから青凛は、慌てるカルマに頬を膨らませた。
「それより、宮廷の外では『青凛』と呼んでください。あなたとは、お友だちになりたいんですから」
「えっと、でも」
「駄目です。ね、お願いします。――青凛と、友のように呼んでくださいな」
ね、と懇願されて、カルマは戸惑いながらも頷いた。
「わ、分かった。……青凛」
「ふふっ。よくできました」
嬉しそうに笑って、それから青凛はカルマの顔を見て小さく首を傾げた。
「それで、ずいぶんとお困りのようでしたが、どうされましたか?」
柔らかく微笑む青凛に、カルマは早速泣きついた。
「実は……女装をしなきゃいけなくなったんです」
そんなカルマに、青凛は目を丸くして――それから、いいことを思いついたというように、にっこり笑った。
「なら、当日は宮廷にいらしてください。……私が手伝って差し上げます」
そして訪れた、宴の日――。
カルマは約束通り、宮廷を訪れていた。青凛が用意してくれた部屋で、彼の指示に従いながら女装の準備を進めていく。
「わっ冷たい!」
「ふふ、じっとしていてくださいね。お肌のお手入れが、何より大切ですから」
なんて言いながら、青凛がカルマの肌に美容液を塗っていく。何もかもがカルマにとっては未知の経験で、彼はひたすら目を丸くしていた。
「ところで、カルマさん。燕來の女装、見たことありますか? それはもう可愛いんですよ」
「可愛い……?」
「ええ。普段はあんなに厳しい顔をしているのに、女装をすると途端に可憐になるんです」
その姿を思い出しているのか、青凛がうっとりと呟く。そんな青凛に、カルマも興味津々だった。
「ふふっ見てみたいな」
「今回の楚々ノ宴でも、きっと素敵な姿を見せてくれるはずですよ」
「楽しみだなあ。……あ、そういえば、ゼベネラさんはどんな感じなんだろう」
今回の『楚々ノ宴』にはゼベネラも誘っていると聞いていた。けれど雄々しく逞しいゼベネラがどんな姿になるか想像できず、カルマは首を傾げる。
「凛々しい女性戦士みたいな……アマゾネスみたいな感じかな?」
「ふふっ。ゼベネラさんは、きっと白狼族の誇りを感じさせるような――堂々とした女性になるでしょうね」
「想像したら、何だか楽しくなってきたかも」
カルマが笑うと、青凛も笑った。
「そうそう、その調子です」
青凛はにこにこと頷いて、ふと何かを思いついたように言った。
「私たちの女装もいいですが――逆に、ナーヤさんの男装も見てみたいですね」
「ナーヤの男装……?」
「ええ。きっと似合うと思うんです。愛らしくて、凛々しくて、その中に優しさを感じさせるような、そんな男装が――」
うっとりと話す青凛に、カルマもうんうんと頷く。
「確かに彼女なら、きっと男装姿も素敵だろうな」
「ふふ、では今度『瀟洒ノ宴』など開いてみてはいかがでしょう。男装をする宴です」
なんて他愛もない話で盛り上がりながら、二人はどんどんと『楚々ノ宴』に向けた準備を行っていた。肌の手入れをし、愛らしい衣装を身に着け、髪を丁寧に梳いていく。
「さて、それでは仕上げに入りましょうか」
そう言って、青凛は小さな箱を取り出した。中には、綺麗な口紅が入っている。
「ほら、口紅をつけますよ」
「わ、わあ……本当に、それつけるの?」
「これがなければ、完成しませんから。さ、じっとしていてください」
青凛の言葉に、カルマが緊張した顔で、じっと動かないようにする。
そんなカルマに、青凛は優しく丁寧に口紅を塗っていった。その手つきは、ずいぶんと慣れたものだ。
「青凛、上手なんだね……」
「ふふっ。子供の頃、よくお姉様たちにやってもらっていたんです」
青凛が、その頃を懐かしむように微笑みながら最後の仕上げをしていく。そして――ついにカルマの女装が完成した。
「はい、完成です。鏡を見てみてください」
と、青凛がカルマの肩を抱いて鏡を見るように促す。カルマは、恐る恐る鏡を覗き込んで――息を呑んだ。
「これが……僕……?」
そこには、見違えるような美しい女性の姿があった。髪は綺麗に結い上げられて、化粧も完璧。衣装も華やかで、まるで別人みたいだ。
「すごい……本当に、女の人みたい……」
こんなに自分が変われると思っていなかったカルマは、鏡の中のもう一人の自分にただただ驚いていた。同時に、ふと思う。
炯眼が無くなって、普通の人になれた。そんな自分が将来、どんな道を歩めるのかいまいち分からないでいたけれど――。
(こんなに変われるなら……もしかして、どんな人にもなれるのかな。僕でも、青凛とかゼベネラさんみたいに、なれる……?)
目を輝かせるカルマに、青凛は満足げに微笑んだ。
「さあ、そろそろ私も準備をいたします。楚々ノ宴、楽しみましょうね」
「うん!」
こうして、二人は楚々ノ宴へと向かっていく。
――きっと、今夜は忘れられない夜になるだろう。そんな予感に胸を膨らませながら、カルマは青凛と共に宴の会場へと歩き始めたのだった。





