


「“何を考えているかわからない”と言われがちな二人の、頭の中」
著:吉村りりか画:蓮本リョウ
――それは、あったかもしれない二人の調べ。
何を考えているか分からないと言われがちな二人が、たまたま邂逅した時の物語――。
その日、珊瑚茶館を訪れた玉彗は、あまりの混みように入るに入れず入口で立ち止まっていた。そんな玉彗を見て、店員がとある席へと声をかける。
「お客さーん! 相席で頼むよ!」
そう言われたのが、先に珊瑚茶館で一人飲んでいたゼベネラだった。
目線だけで頷き、一人ぐいと杯を煽るゼベネラの前に、玉彗が座り、料理を注文する。
珊瑚茶館では、客が相席を頼まれるのは常だった。現に今も、多くの客が相席しており、初対面でありながらも、せっかくの縁だと言わんばかりにお喋りに興じている。
しかし、この日相席となったのは、ゼベネラと、玉彗だった。
無口な二人が向かい合って座るとお喋りは始まらず、ひたすらに沈黙が続いていく。
「……」
「……」
「……」
「……」
ゼベネラは黙々と食べ、飲み、そして玉彗は黙々と注文した料理が届くのを待つ。
そんな沈黙を先に破ったのは、玉彗の方だった。
ゼベネラの持つ雪大鹿の角を使った槍を見て、ぽつりと呟く。
「貴君のそれは、雪大鹿の角か?」
「……」
「……?」
しばらくしてから、話しかけられたことにゼベネラが気づく。ぐいと酒を飲み干してから、頷いた。
「ああ」
返事が返ってきたことに玉彗が微かに目を見張る。それから、今一度ゼベネラの槍を見てしみじみと言った。
「五歳ぐらいの雄のか。堂々としているな」
「……わかるのか? 雪大鹿のよさが」
「ああ。鹿の角は薬として非常にいい」
「そうか」
「……」
「……」
「我が群れでは、槍に使うことが多い」
時々沈黙を挟みながらも、二人の会話はぽつぽつと続いていった。
雪大鹿の話から、今度は雪山にしか生えない薬草についてまで。静かな二人の会話は、段々と盛り上がっていく。
「そうか。雪山にはそのような草が生えるのか。これは良いことを聞いた」
「必要とあらば、私が採ってこよう」
「良いのか?」
「構わぬ。……交易のついでだ」
無口な二人には珍しく、意気投合して盛り上がった。ぐいと酒を飲むゼベネラが、玉彗を見てふと目を瞬かせる。
「飲まないのか?」
ゼベネラの問いかけに、玉彗もまた目を瞬かせた。酒、と聞いて彼が珍しく笑みを浮かべる。
「酒は禁じられていたが……だが――飲めぬわけでは、ないな」
その時、ちょうど玉彗の頼んでいた料理が届いた。追加で酒を注文し、二人は揃って酒杯をかざす。
「乾杯」
きん、といい音が響いて二人は揃って、ふっと笑う。
そして一緒になって酒を煽った。
「……これは美味いな」
満足げに飲み干した玉彗を見て、ゼベネラが彼の酒杯に酒を注ぎ足す。
そんな風に、二人は酒を飲み交わしていった。次々と酒を飲み干しては追加を注文していく。
「もう一杯」
「私もだ」
店員が驚いた顔で酒を運んでくる。二人の酒量は凄まじく、茶館中の酒を飲み干してしまうのではないかという勢いだった。
「お、お客さん……大丈夫ですか?」
「問題ない」
「ああ、まだいける」
二人とも顔色一つ変えずに、淡々と酒を飲み続ける。それでも少しずつ酔ってはいるのか、会話も弾み始めた。
「我が群れには、多くの狼たちがいる」
ゼベネラが、嬉しそうに話し始める。
「美しき毛並みを持つ、誇り高き狼たちだ。彼らと共に、我々は雪山を駆ける」
「ほう……」
玉彗が興味深そうに頷く。
「私も、獣のような者たちを導いていた」
「獣のような者たち?」
「ああ。獣の姿をした、素直で、純朴な者たちだった」
その頃を思い出しているのか、玉彗は懐かしそうに微笑んだ。
「それを統率するのは、大変だったが……充実していた」
「そうか。ならば、相当鍛えているのだろうな」
ゼベネラが、玉彗の身体を見る。衣の下にある筋肉の厚みを推し量っているようだった。
「……結構鍛えているな。一戦交えてみたいものだ」
ゼベネラの好戦的な視線に、玉彗は静かに頷いた。
「機会があれば、ぜひ。私も、貴君の槍術には興味がある」
「では、いつか必ず」
二人は酒杯を合わせて、また一緒に飲み干した。
しばらく沈黙が続いた後、ゼベネラがぽつりと呟いた。
「何故鍛えているのか……それは、群れを守るためだ」
「群れを?」
「ああ。我が白狼族を、そして……」
ゼベネラが少し言い淀む。
「つがいに……と思っている娘はいるが……」
「ほう」
玉彗が興味深そうに見る。
「それは、恋というものか?」
「……分からぬ。だが、彼女を守りたいと思う」
その少女のことを思い浮かべているのか、ゼベネラが少し照れくさそうにしながら酒を飲む。
「そうか」
玉彗が頷いて、自分も酒を飲んだ。
「私も、昔『お前も恋を知る時が来る』と言われたことがある」
「ほう」
「だが……よくわからぬ」
玉彗が正直に言う。
「恋とは何なのか。どういう感情なのか。人間の恋愛感情は、複雑すぎて理解しがたい」
「ああ、分かる」
ゼベネラが大きく頷いた。
「人間の恋は複雑だ。だが、狼たちの恋は分かりやすい」
「ほう?」
「つがいを見つけたら、一生添い遂げる。それだけだ」
「なるほど……」
玉彗が感心したように頷く。
「動物たちの方が、よほど分かりやすいな」
「全くだ」
二人は顔を見合わせて、ふっと笑った。そして、また一緒に酒を飲み干す。
「しかし……良い酒だ」
「ああ。珊瑚茶館の酒は格別だ」
二人は満足げに頷き合った。
それから二人は、また狩猟の話や、薬草の話、獣たちの話をしながら、酒を飲み続けていく。
気づけば、茶館の酒の在庫が心配されるほどになっていた。
「お、お客さん……そろそろ閉店の時間でして……」
店員が恐る恐る声をかける。そこで玉彗とゼベネラは、自分たちが思っていたよりも盛り上がっていたことに気がついた。
「そうか」
「では、そろそろ失礼するか」
二人は立ち上がった。少し足元がふらついたが、すぐに持ち直す。
「良い酒だった。ごちそうさま」
「ああ、満足した」
二人は揃って店を出る。外に出ると、夜風が心地よく吹いていた。
「良い夜だ」
「ああ」
ゼベネラが空を見上げる。玉彗も同じように空を見上げた。
「……今日は、良い時間だった」
「ああ。貴君と話せて、楽しかった」
二人は顔を見合わせて、ふっと笑った。飲み交わした者にのみ生まれる親近感のようなものが、二人の間に漂っている。
「ぜひ、白狼族に招待したい」
「ああ、近々お邪魔させてもらおう」
ゼベネラの誘いに、玉彗が頷く。いつも通りに彼の顔は平静そのものだったけれど、どことなく満足げにも見えた。
「雪山の薬草も見てみたい。それに、貴君の狼たちにも会ってみたい」
「喜んで案内しよう」
二人は握手を交わした。
「では、また会おう」
「ああ、ではまた」
そうして、二人はそれぞれの道を歩き始めた。
二人が考えていることは、狩猟採取と、動物・獣たちのことばかり。
そして、時々――恋のこと。
似た者同士だからこそ、仲良くなれたのだろう。
これは無口な二人が、珍しく意気投合した――そんな、あったかもしれない二人の調べだった。





