


「あの頃から――理由はないけど、気に入らない!!」
著:吉村りりか画:蓮本リョウ
それは、とある火貿易の日のこと。
公許火商としてマツリカ村を訪れたオレ――ルヲは、族長家の跡取りであるフェイと、宝玉鑑定士であるナーヤの三人で、乳茶《ツァージャ》を飲みながらのんびりと過ごしていた。
「くしゅんっ」
その時、ナーヤがくしゃみをする。それだけでフェイは、顔面蒼白になった。
「だ、大丈夫か!? 風邪でも引いたのか!?」
「ううん平気よ。少しむずむずしただけなの」
「いやでも熱があったら大変だし、一応確かめないと……っ」
フェイは、彼女がくしゃみをしたというだけで、世界が終わりそうなほどの慌てぶりだった。
「相変わらず過保護だねぇ、フェイは」
そんな様子を見ながら、オレはのんびりとお茶を飲む。そうしていると、ふととあることを思い出して、オレは「あ」と声を上げた。
「そういえば、似たようなことあったよねぇ。オレが子供の頃にマツリカ村に来た、最初で最後の日にさ」
オレがそう言うと、フェイは振り返ってきょとんと目を瞬かせた。
「似たようなこと、あったか?」
「あったあった。ほら、オレがお嬢さんの顔を覗き込んでたらフェイが邪魔しにきて――」
懐かしむように昔話をする。
それは、フェイがまだ三歳で、オレが五歳の頃。ナーヤが生まれたばかりの話だった――。
その日、オレは初めてマツリカ村を訪れていた。火貿易を担う風一族として、父さんに連れられて、村へやってきたんだ。
その村の族長家で、オレは目が綺麗な女の子に出会った。まだおくるみに包まれていた、生まれたばかりの女の子だ。
その子を抱っこさせてもらって、オレは初めて命の重みみたいなものを感じた。その後も、ゆりかごに戻した彼女から目が離せなくなって、オレはずっとその女の子――ナーヤを見ていたんだ。指を出すと、ナーヤはオレの指をぎゅっと握ってくれた。そんな仕草が可愛くて、オレはその場所から動けなくなってしまう。
けれど、そんな風にオレがナーヤをじっと見ていると、気に入らないと思う男の子が現れた。そいつが、フェイだ。
「なにみてるんだよ……!」
後ろからそう呼びかけられて振り返ると、フェイは威嚇するみたいにオレを見ていた。
「べつに、みててもいいだろ?」
「よくない! ……さんぽ、してくるから!」
フェイは、そんなことを言うと、オレから奪い去るみたいにナーヤをおくるみごと抱き上げて、とことこと歩いて行ってしまった。
けれど、三歳の男の子に赤ん坊は重たかったのか、家を出て数歩も行かないうちにフェイは座り込んでしまった。座ったまま、フェイがナーヤを抱っこしている。
なのでオレは、彼を追いかけて家の外に出た。二人が気になったのもあるけれど、彼女の綺麗な瞳をもう一度見たかったのもあったからだ。
フェイの後ろからひょいと覗き込むと、ナーヤは、その綺麗な瞳でオレを見上げてくれた。
「わぁ……やっぱきれいな目だね。まるで、瑪瑙みたいだよ」
オレが褒めてみると、ナーヤは、嬉しそうにぷわっと笑ってくれた。その無邪気な笑顔が可愛くて、なんだか胸がぎゅっとなる。
だからまた、手を繋ぎたくてオレは手を伸ばしたのだけれど――。
「くしゅっ」
その時、ナーヤは小さなくしゃみをした。その声に、フェイがびくぅっと肩を揺らす。
「だ、大丈夫か!? さむいのか!?」
フェイの慌てぶりは、大げさなものだった。彼が、抱っこしたままナーヤの顔を覗き込んだり、じたばたと慌てる。だからオレは、そんなフェイに言ったんだ。「オレが抱っこしてあげようか?」って。
すると、フェイはあからさまに嫌そうな表情を浮かべた。げっと言って、オレからナーヤを隠すように身体をよじる。
「けっこうです」
「まあまあ。オレの方が背も高いし、あっためられるとおもうんだよねー」
「あっためてもらわなくていーです! ここ、さむいみたいだから、家もどります」
そう言ってフェイは「よいしょ」と掛け声をしてからナーヤを抱いたまま立ち上がった。それから頼りない足取りで、家の中に戻ろうとする。なのでオレも、その後に続いたのだけれど――。
「ついてこないでください!」
フェイは、完全にオレを敵視しているみたいだった。キッと睨まれて、でもオレは肩を竦める。
「いや、ついてこないでって言われても、オレの父さんも君の家にいるし、戻らなきゃいけないんだけど……?」
「いーから、ついてこないでください!」
フェイが、とことこと家の中に入っていく。
そう言われても、家の外で待てるはずもない。なのでオレも一緒になって部屋の中に入り、その後もフェイに散々嫌がられたのだった――。
「――ってことがあっただろう? だから懐かしいと思ってねえ」
乳茶《ツァージャ》を飲みながら思い出話をしたオレに、大人になったフェイは、やっぱりあからさまに嫌そうな表情を浮かべた。あの頃と変わらない素直すぎる感情表現に、オレはついつい笑ってしまいそうになる。
(これだから、マツリカ村は落ち着くんだ)
打算も、裏切りもない。村の皆は誰もが素直で、他人を疑うことを知らなかった。そんな風に彼らが生きていられるのも、ここが閉ざされた秘境だからだろう。
少しうらやましくて、だからつい悪戯をしたくなってしまった。なので、大人しく乳茶《ツァージャ》を飲んでいるナーヤに、ひょいと手を差し出してみる。
「あの頃の君は、よくオレの指を握ってくれたんだ。今も手を出したら、握ってくれるかい?」
「はぁ!?」
間に割って入ったのは、やっぱりフェイだった。ナーヤをその背に隠すように出てきて、フェイがオレに威嚇する。
「何言ってんだ! 握るわけないだろ! 絶対やめろよ!」
「やめろって言われるとやりたくなるんだよ? フェイ」
「だからって駄目だ! 駄目だ駄目だ駄目だーっ!」
ムキになってフェイが叫ぶ。そんな子供っぽい仕草も相変わらずで――オレは、やっぱりこの村は平和でいいなあなんて一人考えていたのだった。





