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ショートストーリー

EPISODE:Vardis
『旅の前日譚 -優しき相談役-』

僕の所属する聖刻は、この世界に存在する五柱を平等に信仰する組織だ。
つまり所属する神官たちは信仰心の深い……まあ、いわゆる真面目な人間が多い。
もちろん、あの制服もきっちり着込んでる。
となると制服を着崩して信仰心も表に出さない僕は、組織の中でそれなりに浮いてるわけだけど……別に、孤立してるわけでもない。

――実際、本当に彼らはあらゆる意味で【平等】なのだなと、感じた出来事がある。



こんにちは、聖刻に所属する名もなき神官その2です。
何故2なのかって? 単純に数字としての2が好きなんです、気にしないでください。
私の働く聖刻は世界に多くの支部が点在していて、現在私はリージェネートの支部で仕事をしています。
想術はエクスラトルほど普及していませんが、誰でも操作できる機械が便利なので、生活はなかなか充実していますよ。
さて、私には同じ支部で共に働く同僚が一人います。なんでもかの竜盟塔の出身で、才能に溢れた術師なんだとか。
彼がこちらに派遣されると聞いた時は、どれほど優秀かつ優れた人格者なんだろうと、支部長と共に楽しみにしていたものですが……。

「大丈夫かい、お嬢さん。君の美しい肌に傷なんてついたら大変だ。
その荷物を細腕で持つのは大変だろうし、どうか僕に重荷を分けてくれないかな?」

――留守中の支部長へ。
期待の神官は、支部の目の前で絶賛女性を口説いています。昨日説教されたばかりだというのに、まったく懲りていません。

恐らく買い物中に転んだ女性を助けているのでしょう。
私と仕事の話をしていたというのに、凄まじい速度で彼女の下へと走っていってしまいました。

「やれやれ……」

女性の荷物を既に持っていたヴァーデスから、一部を奪って歩き出す。
ずっと困惑しっぱなしで、女性は恐縮したように何度も何度も謝っていた。
そんな彼女の隣をサラリとキープしつつ、ヴァーデスはにこやかに語りかける。

「謝る必要なんてないよ、僕らが好きでやってることなんだから。
それにしても随分とたくさん買い物をしたんだね」

綺麗な微笑みを前に、女性は頬を赤らめた。
……別に顔が良くて羨ましいな、なんて思っていない。

「え、これ全部化粧品なのかい?
なんで一度にこんなにたくさん……頬のそばかすを、働き先の男性にからかわれた?
……だから色んな化粧品を買って、隠せるかどうか、試そうとしたの?」

震える声で呟いた彼女に、ヴァーデスの瞳が少しだけ細められた。

「人の容姿をからかうのは感心できませんね」
「同意見。
ということで少し、寄り道していこうか?
――君がとても魅力的な女性だってことを教えてあげるよ、素敵なお嬢さん」
「……はぁ、始まった」

しかし――。

「やるからにはしっかりと、彼女の力になってください。
中途半端に手を出して責任を負わないなんてことは、絶対に許しませんよ」
「誰に向かって言ってるのさ。
僕は女性の尊厳を守るためなら、命さえも懸けられる男だよ?」

……こういう時は本当に信じられるから、厄介な同僚だ。



ヴァーデスは公園のベンチに女性を座らせると、彼女の許可を得ていくつかの化粧品を開封した。

「化粧自体は悪くない。
だけどそばかすの上に厚塗りして強引に隠そうとすると、逆にその部分だけ歪になってしまうから、ここは別のアプローチをしよう」

ヴァーデスは慣れた手つきで、ベースになる肌色の化粧品を彼女に塗っていく。
私は化粧品に詳しくないが、確か……ファン……なんとかというのだったか?

「よし、肌色はこれで馴染んでるね。なら、これも大丈夫そうだ」

そう言って彼が取り出したのは、小さなブラシと……。

「なんですか、それは?」
「チークだよ。頬の明るさを表現するために塗るんだ」
「なるほど……それでそばかすを隠すんですか?」
「違うよ、何も隠すだけが化粧じゃない」

ブラシの先端にオレンジ色のチークを付け、ヴァーデスは女性の頬へと慎重にまぶしていった。すると――。

「あれ? なんだか雰囲気が……」
「変わったって、わかるでしょ?
オレンジ系の色を上手く馴染ませると、発色も良くなるし、そばかすごと肌に綺麗に馴染んで個性が出るんだ」
「言われてみれば、確かに。前よりかなり綺麗に見えるような……」

説明を終えたヴァーデスは、懐から取り出した手鏡を彼女に渡す。
女性は恐る恐るそれを覗き込んで……印象が変わった自分に驚き、数秒後には泣きそうなほどに喜んだ。

「化粧に詳しいのは、やっぱり女性との話題にするために?」
「僕をなんだと思ってるのさ。
僕自身も隈を隠したいなーって思ったことがあったから、それで少し勉強しただけだよ」
「はあ、それは大したものですね……ヴァーデスは、本当に……」

一呼吸おいて、私は素直な気持ちを口にした。

「神官に向いていますよ」
「……え?」

信じられないような目で、ヴァーデスが私を見る。
何か変なことを言っただろうか。

「えーと、本気で言ってる?
僕が上司から説教を受けてる回数、忘れたわけじゃないよね? 聖刻内でも【不良神官】だって、結構有名だし」
「それはもう。
ですが人の悩みを聞き、その在り方を否定せずに光へ導けるのは、一種の才能です。
あなたはきっと将来――」
「なに?」
「……いえ、やめておきます。言うと調子に乗りそうなので」
「なんだい、それ。そこまで言われたら気になるじゃないか」

嬉しそうな女性に聞こえないように、小さな声で囁き合う。
決して口にはしてやらないけれど……。

(きっとあなたは人々にとって素晴らしい相談役になれますよ、ヴァーデス)

その未来だけは、確信できる。
ああ、そうだ。信仰心がなかろうが、由緒ある制服を着崩していようが――。

ヴァーデスが、私の優しい同僚であることには変わりない。



「あ、新作が売ってる。あのチーク、違う色が出たんだ?」

旅の最中に見つけた商店で、あの日あの場所で使ったチークの、色違いを見つけた。

「濃い赤か……なかなか挑戦的な色だね。だけど――」

ふ、と笑い。そのチークを手に売り場へと向かう。
ふとよぎったのは、リージェネート支部にいた頃、同僚とした会話。
自分のような適当な神官にあんなことを言うなんて彼は変わっている。でも――。

「僕がしっかり相談に乗れば。
我らが美しきジャンヌが、使いこなしてくれそうだ」

相談役である自分なら、造作もないことだ。
情熱的な色を頬に宿す彼女は、さぞかし美しいだろう――。

END