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緊張に身を固くしながら待っていると、やがて一人の男性がやって来た。
- 遮那王
- (この方が源頼朝……私の兄上なのか……)
- 源 頼朝
- 「…………」
- 源 頼朝
- 「…………」
- 遮那王
- 「……?」
- 遮那王
- (……何も言っては下さらないのか)
- 源 頼朝
- 「お前が遮那王か」
- 遮那王
- 「……!」
- 遮那王
- 「お初にお目にかかります。私は源義朝が子、遮那王にございます」
- 遮那王
- 「にわかに罷りこしましたこと、どうかお許しくださいませ」
- 源 頼朝
- 「……私が頼朝だ」
- 源 頼朝
- 「近くに寄るがいい」
- 源 頼朝
- 「遠路はるばる、よく参った」
- 遮那王
- 「い、いえ。こうして兄上へのお目通りが叶い有りがたき幸せに存じます」
- 源 頼朝
- 「そうか」
- 遮那王
- (やはり……壁を感じる。兄上は私を肉親と思ってはくれないのだろうか)
兄上は何も言わず部屋に入り、床に腰を下ろす。
背が高く、背筋が良い。
怜悧な瞳がこちらを一瞥する。
その視線の冷ややかさに心臓を掴まれたような心地になりながら、私は慌てて頭を下げた。
だが、兄上からは何も言葉はない。
顔を上げれば、先ほどと同じく感情のこもらない瞳が私を射抜いていた。
生まれて初めて相まみえた兄は、何者も寄せ付けないような酷く冷たい空気を放っている。
その面立ちに自分と似通った場所を探そうとするものの、兄上の雰囲気はそれを許してはくれない。
手に手を取る、涙ながらの対面を考えていたわけではない。
それでも、実の兄弟だ。
その出会いには、血の通った温かなやり取りがあるのではないかと思っていた。
上座と下座。座した距離はそのまま私たちの心の距離の様にも感じられる。
無意識に抱いていた期待があっけなく崩れ、ちくりと胸の痛みを感じた。
これまで口を閉ざしていた兄上が、私に向かって初めて言葉を投げた。
緊張に震えそうになるのを堪え、なんとか声を張った私とは対照的に兄上の声は平坦だった。
言われた通り側に寄る。
いくらか近付いた距離で兄上は私の顔を見つめた。
短くそう、ひと言だけ返された。