


男性の声
「……なんだよ、どこにもいねえじゃねーか」」
志ノ原 青空(主人公)
(え……?)
“男子控室”と書かれた部屋から出てきた一人の男性。
見るからに参加者とわかる、
細身ながら引き締まった身体と、見上げる程の身長。
志ノ原 青空(主人公)
(うわ……腕が長いし手も大きい!
恵まれてる体格してるなぁ……)
男性参加者
「……? なんだよあんた」
志ノ原 青空(主人公)
「あっ、いえ……」
男性参加者
「もしかして迷子か?
ここはトライアウト参加者以外立ち入り禁止だぞ」
志ノ原 青空(主人公)
「……え?」
男性参加者
「ま、男女混合のリーグなんて珍しいから
見学者が増えるのも仕方ねーけど。
ったく、ギャラリー入れるなんてどうかしてるって」
志ノ原 青空(主人公)
「あ、あの」
男性参加者
「観客席の場所が分からないのか?
観客席だったらそっちを真っ直ぐ――」
志ノ原 青空(主人公)
「私! 参加者なんですけど!」
――私の言葉を聞いて、その人はぽかんと口を開けた。
男性参加者
「参加者……? あんた高校生だろ?
高校生って参加できないはず……」
志ノ原 青空(主人公)
「23歳! 実業団経験もあります!」
男性参加者
「冗談……え、マジで?」
思わず言い返してしまった。
高校生に間違われるなんて、卒業して以来始めてだ。
なんなら高校生の頃から社会人だと思われてたし。
それもこの身長のせいなんだけど。
でも女子バスケでは別に珍しくない身長だし
低い方かもしれないが……
男性参加者
「年上かよ、信じらんねぇな」
初対面でそんなこと言う人こそ信じられませんけどね、
という言葉は胸の中に留める。
男性参加者
「だったら悪かったよ。
あまりにもトライアウト参加者らしくなかったんでな」
男性参加者
「女子も男子も経験者しか受けられないのに
こんなところで道に迷うとか
緊張感も自覚もなさすぎだろ」
志ノ原 青空(主人公)
「そ、そこまで言われる筋合いは……
そういうあなたこそ……!」
そこまで口にして、ようやく気付いた。
この背格好と、髪型――
志ノ原 青空(主人公)
「……もしかして新起 生絃さん?
茨城代表でインターハイに出てた……!」

男性の声
「隣、いい?」
志ノ原 青空(主人公)
「あ、はい。どうぞ」
男性参加者
「いやー、よかった。
俺もあまり人ごみ好きじゃなくてさ」
志ノ原 青空(主人公)
「あ、えっと……私はこれで……」
知らない人と一緒に食事を摂れるほど
気持ちに余裕はないし、相手の邪魔をしてしまいそうだ。
その場を後にしようとすると――
男性参加者
「気をつかわないでよ。
むしろ俺が遠慮した方がよかった?」
志ノ原 青空(主人公)
「いえ! そんなことは……!」
結局立ち去る機会も逃し、階段に並んで座ることになる。
こうなるとなおさら、サンドイッチが喉を通らない。
男性参加者
「この場所、いいよね。
静かっていうか、落ち着くっていうか」
志ノ原 青空(主人公)
「そ、そうですね……」
男性参加者
「俺、玖保田 樹。よろしくね。
君は?」
志ノ原 青空(主人公)
「あっ、志ノ原 青空です。
あの……玖保田、さんって……」
玖保田……
頭で何度か反芻させてようやく思い出す。
志ノ原 青空(主人公)
「ええっ!? あの玖保田……さん!?
浅草ハウンズの、玖保田兄弟の――!?」
玖保田 樹
「お、知ってた? やったね。
俺もまだまだ捨てたもんじゃないな~」
志ノ原 青空(主人公)
「そんな……!!」
玖保田兄弟といえば、
中学の頃から男子バスケで大活躍していた存在。
有名人も有名人だ。
私もバスケ雑誌で何度も特集を見たことがあるし
ネット上では、玖保田兄弟のファンが
試合の度に、彼らの写真や動画をアップしている。
志ノ原 青空(主人公)
「でも、どうして玖保田さんがミックスリーグに……?」
玖保田 樹
「そんな堅苦しくなくて、みっきーでもいいよ。
俺の回りじゃそう呼ぶ人多いしさ」
志ノ原 青空(主人公)
「それはちょっと……
玖保田さんでお願いします!」
玖保田 樹
「そーお? ま、いいけど……残念だなぁ」

星花と染河さんが連れ立って出ていくのを見送り、
私は食堂の掲示板の前に立つ。
志ノ原 青空(主人公)
(掲示板の情報も確認しておかないと)
食堂が一つだけということは、
共有したい情報がここにある、ということだ。
今はまだそれほど多くはないが……
志ノ原 青空(主人公)
(ん……今のところ特に大事な内容はないかな。
リーグ開催の詳細ならメールでも確認できるし)
志ノ原 青空(主人公)
(へぇ……地域イベントのフライヤーや
食事のメニューも置いてあるんだ)
倉野 グレン
「…………」
志ノ原 青空(主人公)
「あ、すみません!」
後ろに立ちながら、
私がたまたま手にしたメニューの用紙を
見ようとしている男性に気付いた。
この高身長――えっと、確か……
志ノ原 青空(主人公)
「倉野……さん、でしたっけ」
倉野 グレン
「うん。よろしく。グレンでいいよ。
今までそう呼ばれてきたし」
そっけなく言うと、
私の手元を確かめるように眺める。
倉野 グレン
「ふーん、カレーはポークとチキンで
時々変わるのか。いいね」
志ノ原 青空(主人公)
「カレー、好きなんですか?」
倉野 グレン
「まあね。せっかくなら好きなもの食べたいでしょ」
表情も声色も変えずに、そんなことを言う。
……少なくとも悪い人ではなさそうに見える。
倉野 グレン
「そっちも似たような考えじゃないの」
志ノ原 青空(主人公)
「たまたま手に取っただけですよ。
アスリート用だから、
色々と計算されているんでしょうけど」
倉野 グレン
「だろうね。けど、腹に詰め込むだけが
食事じゃないし、やっぱ美味しいほうがいいじゃん」
志ノ原 青空(主人公)
「それはそうですが……」
食にこだわるタイプの人だろうか?
見た感じはそんな風には見えないけど……
倉野 グレン
「あ、もしかして、
食にこだわるタイプに見えないって思ってる?」
志ノ原 青空(主人公)
「えっ!? なんで」
なんで考えていることがわかったのか、
と私が言うよりも前に
グレンさんが種明かしをしてくれた。
倉野 グレン
「みんな同じこと思うからさ。
別にこだわるタイプじゃないけどフツーでしょ」
……なんだかつかみ様のない人だ。

新起 生絃
「ふーん……
ピックアップ残ったんだな、あんた」
志ノ原 青空(主人公)
「まあ、なんとか……」
新起 生絃
「見かけによらず、
相当できるフォワードってことか?」
志ノ原 青空(主人公)
「だ、だから私は――」
男子参加者
「フォワード?
彼女はガードと聞いていたが違うのか?」
男子参加者
「午前中のプレーを何度か見ていた限り
インサイドには攻め込まなかったように思えたが」
新起 生絃
「なんだよ、急に割り込んできて」
男子参加者
「ポジションの確認をしたかったまでだ。
ピックアップゲームは、即興のチームプレーも
見越してメンバーを選んでいるはずだからな」
志ノ原 青空(主人公)
(まさかこの人……!)
間違いない。
元日本代表で、男子プロバスケチーム
『ブリッツ柏』の現役キャプテン――
男子参加者
「ああ、自己紹介がまだだったな。
神郷 圭碁だ。よろしく頼む」
志ノ原 青空(主人公)
「あ、あの……志ノ原 青空です。
よ、よろしくお願いします」
新起 生絃
「有名人だと分かると
ちゃんと自己紹介するんだな?」
志ノ原 青空(主人公)
「そういうわけじゃ……」
そういえば彼には名乗らなかったのを思い出す。
まあ、あんな出会い方なら当然だろう。
それより――神郷さんみたいな選手が、
なんでミックスリーグに?
『さえぐらコンビ』といい、『柏の神』といい――
元日本代表が次々集まるほど、ミックスリーグへの
注目度はそんなに高い、ということ……?
新起 生絃
「それより、あんたがガードってマジかよ。
女バスでそれだけ高さあれば、
嫌でもインサイドやらされんだろ」
神郷 圭碁
「ポジションには向き不向きがあるからな。
今までのスクリメージでわかったが、
ボール運びは女子に任せた方が良さそうだ」
神郷 圭碁
「マッチアップする男子からすると、
いつもと高さが違ってカットしにくく感じる。
こちらに君のようなガードがいるならうってつけだろう」

中衣 遊哉
「悪いな、呼び止めて。
名簿と照らし合わせて気付いたんだ」
志ノ原 青空(主人公)
「あの、私に何かありましたでしょうか?」
さっきの練習で、よっぽど変なところでも見せてしまったんだろうか。
そんな不安そうな私を見て中衣さんは笑みを浮かべる。
中衣 遊哉
「リンクジェッツ出身って書いてあったからさ。
あそこに先輩がいるんだよ。
新藤さんってコーチ、知ってるか?」
志ノ原 青空(主人公)
「はい。私がいた頃もヘッドコーチをされていて
いろいろとお世話になった方です。
お知り合いなんですか……?」
中衣 遊哉
「知り合いも何も、
新藤さんとは昔、同じチームだったんだよ。
その関係でリンクジェッツの話は聞いていたんだが……」
中衣 遊哉
「やっぱりそうか。
君以外にも何人か来ると思ってたんだけど……
君一人だけ? 書類選考で落ちたとか……?」
志ノ原 青空(主人公)
「さぁ、他の方は知りませんが……」
中衣 遊哉
「そっか……あ、ごめんな。急に呼び止めて。
ところで、さっきシュート練習してたよな?
ちょっともう一回見せてくれ」
志ノ原 青空(主人公)
「あっ……はい!」
ボールを手渡されて、
言われるがままシュートフォームを見せる。
中衣 遊哉
「……うーん、固いなあ」
志ノ原 青空(主人公)
「ですよね……
実は生まれつき、身体が固くて……」
中衣さんが近づいてきて、私の手をじっと見つめる。
中衣 遊哉
「俺が言った固いっていうのは
そっちの意味じゃなくて……」
中衣 遊哉
「たぶん普段のフォームから崩れてると思うんだけどな。
緊張してるからか、固さが出ている」
志ノ原 青空(主人公)
「そう……なんでしょうか。
自分では気付かなくて」
中衣 遊哉
「場に呑まれるとよくあることさ。
こういうのは場数を踏むしかないっていうけどな。
少し、いいか?」
そう訊くと中衣さんは、私の手に自分の手を重ねる。
志ノ原 青空(主人公)
(えっ……?)
中衣 遊哉
「普段だったら、もっと高めに構えてたんじゃないか?
今は気が逸ってるんだと思うけど、焦れば焦るほど
フォームもテンポも乱れていく」
志ノ原 青空(主人公)
「あ、あの……っ」
中衣 遊哉
「緊張するなと言っても無理な話だろう?
そういう時は、気持ち高めに……」

新起 生絃
「……なんだよ、見てねえでさっさとしろよ」
志ノ原 青空(主人公)
「え、あっ!」
そうだ。
最後――私の番だ。
志ノ原 青空(主人公)
「リンクジェッツ」出身の
志ノ原 青空です!」
志ノ原 青空(主人公)
「相羽さんとは同期で
また偶然一緒のチームになれて嬉しく思います」
志ノ原 青空(主人公)
「えっと――」
こんな記者会見なんて、もちろん生まれて初めての経験。
いろいろ考えてきたけど、
最後に言うには相応しくない気がする。
他のみんなは正直に思っていることを話していた。
となると、私も綺麗に取り繕った挨拶じゃなくて――
志ノ原 青空(主人公)
「ブレイブサンダースが好きで、バスケを志しました。
この場に立てていることが夢のようです」
志ノ原 青空(主人公)
「私がミックスリーグでやりたいことはたった一つ」
志ノ原 青空(主人公)
「――ブレイブサンダースのみんなで、
ミックスリーグで優勝すること。
それだけです」
ざわっ、と記者たちの間にどよめきが起こる。
記者たちだけじゃない、スタッフの間でも戸惑いの表情。
……さすがに、言い過ぎたと思うが
この気持ちに嘘をつきたくはなかった。
スポーツ雑誌記者
「いやあ、頼もしい強気な宣誓ですね。
これは今後の活躍に期待大、ということでしょうか」
中衣 遊哉
「そうですね。彼女は、この場で一番
我々のことを考えてくれている選手ですから。
だから、何も言わずともわかってくれています」
中衣 遊哉
「――我々の今大会の目標が、ね」
中衣コーチの繋げた、
おそらく誰も思ってもいなかった言葉に――
また会場がどよめく。
さらに、それだけでは終わらない。
綿瀬 朋史
「今の彼女の言葉を笑う者は、このチームにはいない。
もしいるとしたら、
今すぐにユニフォームを脱いでもらうことになる」
綿瀬 朋史
「ブレイブサンダースの目標はファイナルへの出場。
そして優勝。それ以外にありません。
これは大きく書いてくれて構わない」
綿瀬コーチの言葉には、
さすがに記者たちも戸惑いの色を隠せない様子。
クラブスタッフ1
「と、とても興味深い挨拶をありがとうございました。
それでは最後に、皆さんで写真撮影をお願いします。
移動となりますのでご案内します」

子供A
「ねえ、兄ちゃんはなんでバスケやってるの?」
新起 生絃
「はあ? んなもん好きだからに決まってんだろ。
お前好きじゃねえのかよ」
子供たちの質問に答えている新起さんの声が聞こえる。
も、もう少し優しく答えてあげても……
――でも、続く質問を聞くと。
子供B
「じゃあなんでフォワードなの?
そんなにドリブルもパスも上手いのにさあ」
新起 生絃
「それも好きだからに決まってんだろ。
結局一番好きなのはシュートなんだよ。
点を取らなきゃバスケじゃねえ、覚えとけ」
子供A
「じゃあさじゃあさ」
子供A
「なんで、ブレイブサンダースに来たの?」
新起 生絃
「しつけえなあ」
――なんで、ブレイブサンダースなの?
そういえば、他の人の理由は知らなかった。
私は元々ブレイブサンダースのファンだからって言い回っていたけど、
でもそれは私だけの理由。他の人は当然違うはずだ。
ドキドキしながら聞き耳を立てた、新起さんの答えは――
新起 生絃
「好きだからに決まってんだろ」
志ノ原 青空(主人公)
(――好き、だから)
新起さんが、ブレイブサンダースを好きって言った?
あのぶっきらぼうで、
憎まれ口しかきかない新起さんが――
子供たちの前だから言っただけかもしれないけれど……
新起さんの場合は、それでも本当に意外な言葉だった。
志ノ原 青空(主人公)
(新起さんも、好きなんだ)
その言葉を聞けただけで、なんだかこれまでの印象が全て変わる気がした。
それだけで――烏滸がましいかもしれないけれど
新起さんも、私と同じなんだって思えた。
新起 生絃
「おい、あんた。さっきから何じっと見てんだよ」
志ノ原 青空(主人公)
「え? ううん、別に」
新起 生絃
「なんだよ、ニヤニヤして変なやつ」
玖保田 樹
「おーい! ちょっと来てくれる?」
新起 生絃
「ほら、お呼びだぜ。行ってこいよ、ったく」
志ノ原 青空(主人公)
「あ、うん……」
子供B
「イヅル振られたじゃん」
新起 生絃
「ちげーよ、バカ」
子供たちと和気藹々とする新起さんを見て、
なんだかとても優しく感じながら――私は玖保田さんのところへ向かった。

そこまで言いかけて、私の耳にも、ふと届いた。
観客A
「玖保田兄弟、どっちが勝つかなー。これを見に来たんだもんね」
観客B
「やっぱりお兄ちゃんでしょ。ほら、今だってリードしてるしさ」
観客A
「やっぱり弟くんは少し見劣りするもんねえ。パスも通らないし」
観客C
「なんで玖保田兄弟でマッチアップしないの?
あの子、可哀想じゃん。ずっと兄貴を相手してて」
観客D
「バカ、直接勝負して負けたら実力はっきりしちゃうだろ」
志ノ原 青空(主人公)
「こ、これ……」
今までは試合で――玖保田さんを相手にするだけで精一杯で聞こえなかった。
でも……聞こえる。ここはアウェーだから、
当然浅草のファンが多くて……
その声が、その気になれば――耳に届く。
玖保田 樹
「あー、聞こえちゃった?」
玖保田さんが苦笑して、頭を掻く。
いつもの玖保田さんの笑顔に見える。けど……
志ノ原 青空(主人公)
「あの、これ……もしかしてずっと」
玖保田 樹
「まあ言われちゃうのは仕方ないよ。
当然浅草のファンからすれば、俺じゃ満足しないって」
玖保田 樹
「普段から兄貴のプレーを観てるんだからさ」
違う。なんだかいつもの玖保田さんの言葉と違う。
笑って、明るいけど……乾いている気がする。
もしかして、前の試合も――あの時はお兄さんは出場していなかったけど、
同じように観客の声が……
志ノ原 青空(主人公)
「あ、あの……」
玖保田 樹
「でもさ、俺も元々男子の浅草ハウンズにいたんだから少しは応援してくれてもいいよねえ」
志ノ原 青空(主人公)
「あの、樹さ……」
玖保田 樹
「あ、ハーフタイム終わりだ。頑張ろうね」
まるで私に何も言わせないように、玖保田さんはそのままコートへ向かった。

???
「グレン! やっと来たか、待ちくたびれたぜ!」
倉野 グレン
「うわ、来た」
???
「ようやくお前と直接対決できる時が来たな。
この時をどれだけ待ったことか……ッ!」
志ノ原 青空(主人公)
「えっ、浅草の選手!?」
倉野 グレン
「いや、こっちは全然待ってないし」
???
「いいや、お前が待たなくてもこっちは指折り数えて待ってたんだよ。
この練習試合の日をな」
倉野 グレン
「いや、ドタキャンの代役で数えられる訳ないでしょ」
状況が掴めないまま、私はグレンさんと相手の会話を見守る。
知り合いなのは間違いないけど、どういう関係だろう。
ライバル――という割にはグレンさんが冷めすぎているし。
倉野 グレン
「めんどくさ。ほら、行くよ。もう控室入っとく時間でしょ」
???
「ああ、すまない。他の方もいたのか」
惣澄 諒人
「俺は浅草ハウンズの惣澄 諒人。
ポジションはもちろんC。趣味はゴルフ! よろしくな」
志ノ原 青空(主人公)
「ど、どうも……」
倉野 グレン
「じゃあゴルフ選手になればいいじゃん。
なんでまだバスケやってんの」
惣澄 諒人
「趣味と仕事が違うのは当然だろ。
これだから趣味無し人間は……」
倉野 グレン
「下手の横好きって言うんでしょ。
オレの方が先に打てるようになって悔しがってたじゃん」
志ノ原 青空(主人公)
「あ、あの……お二人は仲良いんですね」

志ノ原 青空(主人公)
「あ、あの! ……神郷さん」
神郷 圭碁
「ああ、すまない。邪魔になっていたか。少し休憩するから自由に使ってくれ」
志ノ原 青空(主人公)
「あ、いえ。休憩しながらでも練習しながらでもいいんですが……」
志ノ原 青空(主人公)
「少し、神郷さんに訊いてみたいことがありまして。お話できないかなって」
神郷 圭碁
「俺に?」
心底意外そうな表情を見せる神郷さん。
その表情こそが、むしろ意外だった。
神郷 圭碁
「つまらないぞ、きっと。よく言われるが、俺はよほど話題のない男らしい」
志ノ原 青空(主人公)
「それは……安心してください。私の方がよっぽど、ですから」
神郷さんが話題のない――なんて自分を卑下するのは意外だったけど……
それでも、本気で断るような素振りは見せなかった。
お互いボールを手元で操りながら、私は少し緊張しながら口を開く。
志ノ原 青空(主人公)
「意外だったんです。私もちろん神郷さんのことは知っていて、
ブリッツ柏の試合も何度も見たことありますし」
神郷 圭碁
「そうか。君から見て柏はどうだった?」
志ノ原 青空(主人公)
「素敵なチームだと思いました。
もちろんレベルが高いのもありますが、
何よりまとまりを感じたというか――」
志ノ原 青空(主人公)
「キャプテン……神郷さんを中心に各々動いている、
そんなチームと試合運びに見えました」
神郷 圭碁
「なるほど……」
微笑む神郷さん。だけど、その表情の意味は探れない。
もちろん嬉しいのだろうけど、たぶんそれだけじゃない。
神郷 圭碁
「俺もそう思う。あそこはいいチームだった。
3年間キャプテンをやったが、拙い俺を皆支えてくれた」
志ノ原 青空(主人公)
「神郷さんはずっと柏に……?」
神郷 圭碁
「ああ、大学を卒業してそのまま入団した。
新起を見ていると少し懐かしくなる」
志ノ原 青空(主人公)
「なぜ、柏からミックスリーグに?
あ、すみません、質問ばかりで……」

中衣さんの司会でトークイベントが始まった。
綿瀬コーチは以前、桜谷コーチの元でアシスタントをしていたことがあるらしい。
その縁で今回のイベントを引き受けてもらったという。
なんで強豪・浅草ハウンズのヘッドコーチがウチのファンイベントなんかに参加――と思ったけど。
そんな縁があったんだ……
桜谷 俊輔
「とはいえ、アシスタント時代のあの彼を思い出して
こうしてまたヘッドコーチ同士で戦えると考えると、いや~。なかなかに感慨深い」
綿瀬 朋史
「やめてくださいよ。初めてならまだしも……」
桜谷 俊輔
「いやいや、回数なんて関係ないですよ。
これだけ年寄りになれば、アシスタントが我が子の成長のように感じられるもんですよ」
綿瀬 朋史
「年寄りだなんて、数年しか変わらないでしょう」
桜谷 俊輔
「綿瀬君も50を超えればわかりますよ。
中衣君の成長を見て涙する姿が楽しみです。
まあ、とはいえアシスタントの頃というより――」
桜谷 俊輔
「印象が強いのは、やはり綿瀬君がヘッドコーチになってからでしょうね。
良い言い方をすればライバル」
桜谷 俊輔
「悪い言い方をすれば商売敵。
どうも、彼の観察眼は侮れないんです。
私のやましいことがある時の癖まで知られています」
桜谷コーチの言葉に観客のファンから笑いが漏れる。
綿瀬 朋史
「ヘッドコーチになりたての頃は、
桜谷さんにアドバイスいただきましたから。
影響は受けていますよ、それは」
桜谷 俊輔
「私の強みをここまで綺麗に利用するとは恐れ入りました。
だったら教えなければ良かったかなあ」
穏やかな口調から、少しブラックなジョーク。
観客の笑い声が絶えない。綿瀬コーチがこんなに押され気味なのも初めて見た。
桜谷コーチについては雑誌で見かけた程度の知識しかなかったけれど、こういう人だったんだ。
雑誌に載っていたのは確か――
中衣 遊哉
「まあ、でも桜谷コーチはいかがですか。
再建の魔術師が、この新リーグへ挑むにあたっては」
桜谷 俊輔
「新築は久々なので。まずは土地を確かめているところでしょうか」
そう再建の魔術師。
桜谷コーチが就任したチームは、
その後数年の間に必ず上位争いへ入り込むようになる。
再建が済んだ後は、また次のチームへ……
そうして次々と魔法を繰り返していく手腕がメディアに注目されていた。
桜谷 俊輔
「やることは変わりませんよ。チームが新しいとは、
前の実績がないということ。つまり最下位であるのと同じ」
桜谷 俊輔
「ここから上位を目指すのは、これまでと同じです。
強いて違いを挙げるならば、
初年から1位を目指しているところでしょうか」
綿瀬 朋史
「言いますね。これだけのアウェーで」
桜谷 俊輔
「いえいえ、本心ですよ。
今回はチーム作りから任せてもらえたのでね」
桜谷 俊輔
「――勝てると思っていますよ、最初から」

事前に星花からリサーチしておいた、こういう時にオススメというお店に入り早30分。
志ノ原 青空(主人公)
(わっ……)
もう何度目かの、試着室から出てくる新起さんを見て、私は毎回同じことを思っていた。
想像してはいたけど、やっぱり新起さんって何でも似合う気がした。
新起 生絃
「黙って見てないで何か言えよ。あんたが選んだんだろ、どうなんだ」
呆れたように新起さんが口を開く。
まずは、新起さんの趣味で一通り試着した後に私の意見も聞きたいと言われて選んだ服なのだ。
志ノ原 青空(主人公)
「すごくいいと思う!」
新起 生絃
「いや、もう少し具体的に言えよ。それだと俺がコメント求められた時に困るだろ」
そう言われても、これ以上の語彙が出てこない。
違った一面を見るだけで、私自身の感じ方まで、こんなにも変わるんだと思い知らされる。
志ノ原 青空(主人公)
「なんだか、普段の新起さんと違うというか……輝いて見えるというか」
志ノ原 青空(主人公)
「試合中じゃなくて、この新起さんを見れる人って、運がいいというか――」
普段とは違う姿。その姿はきっと誰が見たって素敵に見えると思う。けど……
新起 生絃
「なんだよ、急に黙って。次は何を着ればいいんだよ」
志ノ原 青空(主人公)
「あ、えっと……じゃあ、少し春物も試したいな。イベントの時期考えたら、そっちもいいかなって」
少し上ずった私の声を気にも留めず、面倒くせえな、と言いながら新起さんはまた試着室の向こうへ消える。
文句を言いながらも従ってくれる新起さんに、心の中で感謝を伝えつつも……
志ノ原 青空(主人公)
(…………)
そのカーテンを眺めながら、私は――答えの出ない自問自答を繰り返していた。

街の一角にある、落ち着いた店内。普段行く店とは違う大人な雰囲気に少し浮足立つ。
席は予約されていたため、樹さんが名乗るとすぐに案内される。
志ノ原 青空(主人公)
(混雑してるなぁ……クリスマスだから、仕方がないかな)
玖保田 樹
「乾杯、それとメリークリスマス?」
志ノ原 青空(主人公)
「乾杯、メリークリスマス」
玖保田 樹
「急に誘っちゃってごめんね。本当に予定大丈夫だった?」
志ノ原 青空(主人公)
「大丈夫です。帰っても寮でコンビニケーキ食べようかなって思ってたくらいですから」
玖保田 樹
「そっか良かった」
互いに笑顔を作ったけれど、空気はどこかぎこちない。
そんな空気を変えたくて、話題を切り替えてみる。
志ノ原 青空(主人公)
「ここ本当に素敵ですね。連れてきてくれて、ありがとうございます。料理も凄くおいしそうです!」
玖保田 樹
「味は保証するよ。ここの店、昔からちょくちょく来てるんだけど、雰囲気も料理も好みで」
玖保田 樹
「特にクリスマス限定のメニューはいつも力が入っててね、結構気に入ってるんだ。特にこの、ノンアルコールシャンパン」
志ノ原 青空(主人公)
「これ、クリスマスだけなんですね。確かにかなり凝ってますね、通常メニューだと難しそう……」
目が合うとなんだか照れくさくて逸らしてしまう。
いつもより少しおしゃれな雰囲気にも、まだ慣れない。

スタッフに案内され、ラウンジの一角へ向かうとロウルのぬいぐるみが用意されていた。
広報スタッフ
「じゃあ、お二人でこのロウルを持ってください。少し距離、詰めてもらっていいですか?」
言われた通り、私とグレンは並んで立つ。
志ノ原 青空(主人公)
(距離、詰めるって……どのくらい?)
一瞬迷っていると、グレンが自然に一歩近づいた。
そして――ロウルを持つ私の肩に、そっと手を添える。
倉野 グレン
「こんな感じでいいですか?」
その動きが、あまりにも自然で――胸がほんの一瞬だけ、跳ねた。
志ノ原 青空(主人公)
(びっくりした……)
でも、視線を上げると――そこにいるグレンは、落ち着いた表情をしていた。
試合や練習とは違う距離感に、ドギマギしてしまう。
ふざけている様子もなく、特別な意味を匂わせるわけでもない。
グレンはただ、自然な距離で立っているだけだった。
志ノ原 青空(主人公)
(広報だもんね)
そう思った瞬間、不思議と肩の力が抜けた。
カメラの前で、ロウルを挟んで笑顔を作る。
広報スタッフ
「いいですね、その感じ! じゃあ、そのまま目線こちらで!」
私はぬいぐるみの端を持ちながら、どうしよう、距離近くない……? と内心そわそわしていた。
広報スタッフ
「はい、いいですねー! 可愛いです!」
結局、撮影は私が混乱している間に、グレンにフォローしてもらって、何とか終わった。

志ノ原 青空(主人公)
「……あの、神郷さん」
全然、考えがまとまらないまま、私はゆっくりと口を開く。
志ノ原 青空(主人公)
「私も毎晩、ヨーグルトを食べるようにしてます」
神郷 圭碁
「……?」
志ノ原 青空(主人公)
「毎朝、少しだけトレーニングするようにしました」
神郷 圭碁
「……っ」
志ノ原 青空(主人公)
「毎日、神郷さんに教わったことを思い浮かべてます。――プロの自覚を持つってこと」
神郷 圭碁
「……ああ」
たぶんこれだけでも、神郷さんはわかってくれるから。
後は、本当に伝えたいことを伝えるだけ。
志ノ原 青空(主人公)
「私は、神郷さんのいるチームで――一緒に優勝したいです」
志ノ原 青空(主人公)
「私には……私たちのチームには、神郷さんが必要です」
神郷 圭碁
「…………」
神郷 圭碁
「ああ」
神郷 圭碁
「ありがとう」
噛みしめるようにゆっくりと神郷さんは微笑んで、頷いてくれた。
神郷 圭碁
「明日、帰る。お前にここまで背中を押してもらったなら、何も心配はなさそうだ」
志ノ原 青空(主人公)
「そんな。そこまでのことは」
神郷 圭碁
「お前も気を付けろよ」
こんな時でさえ、私を気にかけてくれる神郷さんに私は心から感謝して――
志ノ原 青空(主人公)
「はい。ありがとうございます」
今は素直に、頷いて返した。

中衣 遊哉
「う、ううん……」
志ノ原 青空(主人公)
「気が付きましたか?」
ゆっくりと目を覚ました中衣さんは、先ほどよりも、だいぶ顔色が良くなっているようだった。
中衣 遊哉
「え、あ、いや。なんでお前が俺の部屋に?」
志ノ原 青空(主人公)
「中衣さん、覚えてないんですね」
笑みを浮かべるものの、やはり心配にもなる。
それだけ、さっきの中衣さんはまともな状態ではなかったということだ。
中衣 遊哉
「え、あ! お前この部屋……」
志ノ原 青空(主人公)
「ゴミだけ片付けさせてもらいました。生ゴミは放っておくと大変なことになりますし」
志ノ原 青空(主人公)
「他は……見てはいけないものもあると思ったので、触らないようにしました」
中衣 遊哉
「そうか……いや、助かる。正直俺も自分で、どこにどんな書類があるかわかったもんじゃないし」
志ノ原 青空(主人公)
「でも、解熱剤と冷却シートがそこに出ていたので、それは助かりました」
そう言って、机の上に置かれていた薬を指す。蓋は開いたままになっていた。
中衣 遊哉
「昨日の夜に飲んで、そのままだったな……なんか体調が悪くて」
志ノ原 青空(主人公)
「本当に大丈夫なんですか? さっきなんて、すごい状態だったんですよ」
中衣 遊哉
「いや、なんだろう。まだ気怠さはあるけど、頭はすっきりしてる。よく寝たからかな」
中衣さんの様子を見る限り、咳もない。
たぶん、今流行っているような病気の類ではなさそうだ。
過労――だったのかな。
志ノ原 青空(主人公)
「今日はこのまま休んでください。オーバーワークは、厳禁ですからね」
中衣 遊哉
「……ここまでされちゃ、反論もできないな」
志ノ原 青空(主人公)
「前に部屋じゃ落ち着いて仕事できないって言ってたのは……こういう理由もあったんですね」
中衣さんは少し恥ずかしそうな様子で頷く。
中衣 遊哉
「お前には年末も見られてるから今更だけど……ずっとこうなんだ」
中衣 遊哉
「気が付いたらいつもこんな状態で。本当にどうしようもなくなったら引っ越して……って繰り返しさ」
志ノ原 青空(主人公)
「…………」
中衣さんが差し伸べてくれた手を、そっと握る。まだ熱があるのか、その手は温かかった。



















