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2026.8.28更新
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SHORT STORY
SHORT STORY
Vol.01 アレクサンドル
Vol.02 ザビーネ
Vol.03 マエル
Vol.04 ラファエル
Vol.05 ジョナス
Vol.05 ジョナス・フィッツジェラルド
仕事明けの紅茶
ジョナス・フィッツジェラルドがベレジンスキー辺境伯領にやってきたのは1600年代の後半。その後、ルスヴン卿の長老として、この地を治める5人目の領主に迎えられた。 その頃、すでにベレジンスキーは謎の辺境領地として周囲の国や都市から一目置かれるようになっており、アレクサンドル・シラージを筆頭領主としてザビーネ・アルブレヒトがその補佐的な立ち回りを行い、領地内外の見回りなどをマエル・ド・ラヴァルが行っていた。その当時、ラファエル・ナーダシュディが領主の1人となっていたが、すでに書庫に籠もりきりだった。
領主として迎えられたジョナは、この地で自分が出来ることを探したが、アレクやザビーネのような国を運営する実務には向いてなく、それよりは身体を動かし、何かあったら剣を振るうマエルの手伝いをするようになっていた。
だが、当初マエルはジョナにその仕事を任せようとはしなかった。なぜなら、見回りの仕事は同族の吸血鬼たちを監視し、時には罰するという、血生臭い仕事だったからだ。長生きをし、経験を積んだからと言って、そのような仕事を同族の吸血鬼がするのは難しく、マエルは汚れ仕事を一人で背負っていた。
それを薄々と感じ取っていたジョナはマエルに仕事内容を打ち明けるように迫り、やがてその仕事を彼から引き継いだ。元々、戦争で人を殺してきたような自分には、似合いの仕事だと思ったからだ。それに5人の中では新参でもある。ここに居るためには、なにかしなければ……という気持ちが強かったこともあった。
そうして130年近くの年月が過ぎ去った。
その日、領内の見回りを終えたジョナは馬を別館に戻してから、プルガトリウムの館に向かった。この日はトラブルもなく、血生臭いやりとりもなかったが……念のために自分の身を確かめる。返り血を浴びたとか、そういう形跡はなかったため、問題ないと判断したジョナはそのまま館に急いだ。
そんなジョナを大広間で出迎えたのは、人間の身でありながら吸血鬼の館で使用人として働いている、サラ・デュドネだった。
「お帰りなさいませ、ジョナスさん」
「ああ……今、帰った」
帰ってきた時間がすでに明け方近かったこともあり、他の者たちはすでに寝室に向かっている頃である。出迎えるならマインスターだと思っていたのだが、彼の中にはもしかしたら、という思いもあった。
「出迎えはおまえか。マインスターはどうした?」
「もう夜明けが近かったので、お出迎えの役目については私が代わりを申し出ました」
「そうか……わかった」
以前にも夜明け近くに帰って来た時にマインスターではなく、サラが出迎えたことがあったため、ジョナはもしかしたら今日も……と思っていたところであった。
彼女が出迎えたからといって、何が変わるわけではないのだが、なにかジョナの心の中は、満たされるものがわきつつあった。
「このままお休みになられますか? それとも」
「寝る前に紅茶をもらおう」
「――はい」
ジョナの返事を聞いたサラは、うれしそうに踵を返すと食堂へ向かって早足で歩いて行く。その後ろ姿を見ながら、ジョナはゆっくりと後を追った。
「紅茶です――」
食堂の席についたジョナの前に、彼女が暖めたカップを置き、そして目の前でポットから紅茶をそっと注いでいく。やがて8分目ほど満たされたカップがジョナの前に現れた。そこから立ち上る湯気と香りを嗅いでいたジョナが、カップを持ち上げてそっと一口飲む。そして二口、三口と飲み……カップを離すと傍に立つサラに顔を向けた。
「いつもより、少し味が薄いな」
サラは僅かに驚きの表情を浮かべ、深々と頭を下げた。
「……すみませんでした」
「何故、謝る? いつも同じ味を出せているおまえが、僅かに味を変えている。何かあったかと思うだろう。顔を上げ、理由があったら説明してくれ」
おそるおそるサラが顔を上げると、ジョナは残っている紅茶をゆっくりと飲みながら先を促した。
「実は……もう明け方近くで、吸血鬼の皆さんは眠りに就く頃合いだと思います。ジョナスさんもこんな遅くにお戻りになって、これから寝室に向かうのだと思いますが……いつもの濃さで紅茶を飲んでしまっては、目が冴えて眠りに支障が出るのではと思い……」
「それで、少し薄めにしてみたのか?」
「……はい」
「俺にばれないように、気付かれないくらい程度を薄めて?」
「…………はい」
「……っ」
ジョナが含むような笑いを上げたことに、サラはどう対応していいかわからなかった。自分のしたことが出過ぎた真似だったのはわかっている。それを笑われているのだろうと……。
「紅茶の味や濃さは人間で言う嗜好品で、吸血鬼が朝日と共に眠くなることには関係ない。だから、おまえがしてくれたことは、俺にとっては何の影響もないのだが……」
「そう、だったのですね……出過ぎた真似をしてしまい申しわけありませんでした、すぐに代わりを」
「代わりはいい。このまま飲もう」
「ですが」
「気にしなくていい。その心遣いに感謝している」
「……本当ですか?」
「ああ。……今、俺が人間だった頃、夜起きているために濃い目に入れた紅茶を飲んでいたことを思い出していた。そうか……おまえは人間だったからな」
「はい……人間ですけれど……」
サラがこの館で共に住むようになり、使用人たちと同じように働くのを見て……人間とわかっていながら同胞と同じように扱い始めていた自分に気付き、ジョナは苦笑を漏らしたのだった。そして……。
「どうせ薄めるならローズティーにしてみたらどうだ」
「……いいのですか? では、次からはローズティーにします。銘柄や花など、ご希望は」
「おまえに任せる」
「私にお任せ……を?」
「おまえ以外に誰がいる」
「マインスターさんやエドワードさんの方が、お詳しいと思いますが」
「そうかもしれない。だが、俺の紅茶の好みを知っているおまえならどんなローズティーを出すのか興味が湧いた」
「……承知しました。次のお出迎えの時までにご用意します」
サラの小気味良い返事に、ジョナは大きく頷いた。
夜になって目が覚めた後は、気を引き締めるためにもブラックティーを好んだ。だが……望みもしない仕事を終えた後、館に戻ったならば……せめて薔薇の香りで血生臭さを拭えたら、と思ったのだった。
「……次回だが……」
「どうかしましたか?」
次回。血生臭い仕事をした後なら……返り血を浴びているかもしれない。返り血を浴びなかったとしても、血の臭いを身にまとわりつかせているかもしれない。そんな身で、彼女の出迎えを受ける資格があるだろうか……。紅茶を受け取る資格があるだろうか。とはいえ、領主とし恥じる仕事をしているわけではない。
ジョナは、少し考えた結果……次の仕事から返り血を浴びないように刀を振るおう、岩切ならできるはず……そう思い至ったのだった。
「ジョナスさん……?」
「……いや、なんでもない。紅茶、美味かった。次を楽しみにしている」
そう言うとジョナは席を立ち、自分の部屋に向かうべく去って行く。サラには見えなかったが、その口元には笑みが浮かんでいた。
残されたサラはその背を見送りながら、彼にはどんなローズティーが似合うのか、好んでもらえるのか……そんなことを考えるのだった。
END
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領主として迎えられたジョナは、この地で自分が出来ることを探したが、アレクやザビーネのような国を運営する実務には向いてなく、それよりは身体を動かし、何かあったら剣を振るうマエルの手伝いをするようになっていた。
だが、当初マエルはジョナにその仕事を任せようとはしなかった。なぜなら、見回りの仕事は同族の吸血鬼たちを監視し、時には罰するという、血生臭い仕事だったからだ。長生きをし、経験を積んだからと言って、そのような仕事を同族の吸血鬼がするのは難しく、マエルは汚れ仕事を一人で背負っていた。
それを薄々と感じ取っていたジョナはマエルに仕事内容を打ち明けるように迫り、やがてその仕事を彼から引き継いだ。元々、戦争で人を殺してきたような自分には、似合いの仕事だと思ったからだ。それに5人の中では新参でもある。ここに居るためには、なにかしなければ……という気持ちが強かったこともあった。
そうして130年近くの年月が過ぎ去った。
その日、領内の見回りを終えたジョナは馬を別館に戻してから、プルガトリウムの館に向かった。この日はトラブルもなく、血生臭いやりとりもなかったが……念のために自分の身を確かめる。返り血を浴びたとか、そういう形跡はなかったため、問題ないと判断したジョナはそのまま館に急いだ。
そんなジョナを大広間で出迎えたのは、人間の身でありながら吸血鬼の館で使用人として働いている、サラ・デュドネだった。
「お帰りなさいませ、ジョナスさん」
「ああ……今、帰った」
帰ってきた時間がすでに明け方近かったこともあり、他の者たちはすでに寝室に向かっている頃である。出迎えるならマインスターだと思っていたのだが、彼の中にはもしかしたら、という思いもあった。
「出迎えはおまえか。マインスターはどうした?」
「もう夜明けが近かったので、お出迎えの役目については私が代わりを申し出ました」
「そうか……わかった」
以前にも夜明け近くに帰って来た時にマインスターではなく、サラが出迎えたことがあったため、ジョナはもしかしたら今日も……と思っていたところであった。
彼女が出迎えたからといって、何が変わるわけではないのだが、なにかジョナの心の中は、満たされるものがわきつつあった。
「このままお休みになられますか? それとも」
「寝る前に紅茶をもらおう」
「――はい」
ジョナの返事を聞いたサラは、うれしそうに踵を返すと食堂へ向かって早足で歩いて行く。その後ろ姿を見ながら、ジョナはゆっくりと後を追った。
「紅茶です――」
食堂の席についたジョナの前に、彼女が暖めたカップを置き、そして目の前でポットから紅茶をそっと注いでいく。やがて8分目ほど満たされたカップがジョナの前に現れた。そこから立ち上る湯気と香りを嗅いでいたジョナが、カップを持ち上げてそっと一口飲む。そして二口、三口と飲み……カップを離すと傍に立つサラに顔を向けた。
「いつもより、少し味が薄いな」
サラは僅かに驚きの表情を浮かべ、深々と頭を下げた。
「……すみませんでした」
「何故、謝る? いつも同じ味を出せているおまえが、僅かに味を変えている。何かあったかと思うだろう。顔を上げ、理由があったら説明してくれ」
おそるおそるサラが顔を上げると、ジョナは残っている紅茶をゆっくりと飲みながら先を促した。
「実は……もう明け方近くで、吸血鬼の皆さんは眠りに就く頃合いだと思います。ジョナスさんもこんな遅くにお戻りになって、これから寝室に向かうのだと思いますが……いつもの濃さで紅茶を飲んでしまっては、目が冴えて眠りに支障が出るのではと思い……」
「それで、少し薄めにしてみたのか?」
「……はい」
「俺にばれないように、気付かれないくらい程度を薄めて?」
「…………はい」
「……っ」
ジョナが含むような笑いを上げたことに、サラはどう対応していいかわからなかった。自分のしたことが出過ぎた真似だったのはわかっている。それを笑われているのだろうと……。
「紅茶の味や濃さは人間で言う嗜好品で、吸血鬼が朝日と共に眠くなることには関係ない。だから、おまえがしてくれたことは、俺にとっては何の影響もないのだが……」
「そう、だったのですね……出過ぎた真似をしてしまい申しわけありませんでした、すぐに代わりを」
「代わりはいい。このまま飲もう」
「ですが」
「気にしなくていい。その心遣いに感謝している」
「……本当ですか?」
「ああ。……今、俺が人間だった頃、夜起きているために濃い目に入れた紅茶を飲んでいたことを思い出していた。そうか……おまえは人間だったからな」
「はい……人間ですけれど……」
サラがこの館で共に住むようになり、使用人たちと同じように働くのを見て……人間とわかっていながら同胞と同じように扱い始めていた自分に気付き、ジョナは苦笑を漏らしたのだった。そして……。
「どうせ薄めるならローズティーにしてみたらどうだ」
「……いいのですか? では、次からはローズティーにします。銘柄や花など、ご希望は」
「おまえに任せる」
「私にお任せ……を?」
「おまえ以外に誰がいる」
「マインスターさんやエドワードさんの方が、お詳しいと思いますが」
「そうかもしれない。だが、俺の紅茶の好みを知っているおまえならどんなローズティーを出すのか興味が湧いた」
「……承知しました。次のお出迎えの時までにご用意します」
サラの小気味良い返事に、ジョナは大きく頷いた。
夜になって目が覚めた後は、気を引き締めるためにもブラックティーを好んだ。だが……望みもしない仕事を終えた後、館に戻ったならば……せめて薔薇の香りで血生臭さを拭えたら、と思ったのだった。
「……次回だが……」
「どうかしましたか?」
次回。血生臭い仕事をした後なら……返り血を浴びているかもしれない。返り血を浴びなかったとしても、血の臭いを身にまとわりつかせているかもしれない。そんな身で、彼女の出迎えを受ける資格があるだろうか……。紅茶を受け取る資格があるだろうか。とはいえ、領主とし恥じる仕事をしているわけではない。
ジョナは、少し考えた結果……次の仕事から返り血を浴びないように刀を振るおう、岩切ならできるはず……そう思い至ったのだった。
「ジョナスさん……?」
「……いや、なんでもない。紅茶、美味かった。次を楽しみにしている」
そう言うとジョナは席を立ち、自分の部屋に向かうべく去って行く。サラには見えなかったが、その口元には笑みが浮かんでいた。
残されたサラはその背を見送りながら、彼にはどんなローズティーが似合うのか、好んでもらえるのか……そんなことを考えるのだった。
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