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薄桜鬼異聞 ベレジンスキーの魔女

スペシャル

SHORT STORY

Vol.04 ラファエル・ナーダシュディ
領主としての自覚

 夜の帳が下りてプルガトリウムの館にあかりが灯る頃。
 昼間の眠りから目覚めたベレジンスキーの領主たちが、それぞれの支度を調えて食堂に姿を現していた。
 一日の始まりの食堂は少し前まで顔を出す者も人数もバラバラであったが、ここ最近では5人がちゃんと揃うようになっている。
 それには理由があった。皆、朝一番に用意された飲み物を飲むためだ。

「ふむ……彼女が用意してくれたコーヒーは美味いな」
「わかるの? それつくったのってマインスターじゃない?」
「いいや、俺にはわかる。それくらいの違いはわかるつもりだ」
「……朝一番に出す私たちへの飲み物は、彼女が用意している手はずになっていますので、彼女の手によるもので間違いありません」
「えーと、つまり味でわかるんじゃなくて、そういう決まりになってるって事だよな」
「まあ、そうではあるが……彼女はそれぞれの好みをわかって用意してくれているぞ。例えば俺のコーヒーは濃い目に用意してある」
「ああ、オレのスープはポタージュだし」
「俺の紅茶も濃い目だな」
「そして私の紅茶は香り重視ですね」
「そっか……僕は何も言ってないけど、蜂蜜水が出てくるよね」
「ああ、そういう所が彼女の気づかいの良さであり、飲む側の心に響くところだろう」
「……まあ、マインスターでも同じものが出てたはずだが、彼女が用意したものを飲むとなると朝一番の気持ちの入り方が違うからな」
「ええ、そのおかげで5人の領主が朝に顔を揃えるようになったのですからね」
「最近ではこれを飲むと一日が始まる気がするぞ」
「飲まなくても一日は始まります」
「はは、そうだな。ではそろそろ、彼女に領主が仕事をしているところを見せてやるとするか」
「見せるものではありませんが……」
「俺は領内の巡回も兼ねて外を回ってくるとしよう」
 そう言って、アレクサンドルとザビーネ、ジョナスが腰を浮かしかけたときだった。そんな彼らを見ていたラファエルが呟き、マエルが応える。

「前とあんまり変わってないけど、みんな領主の仕事をちゃんとしてるんだよね。……僕だけ何もしてない気がする」
「いや、気がするんじゃなくて、実際何もしてないだろ」
「……そうなんだけど。僕って何かした方がいいのかな? あの娘でさえ館の中で働いてるのに」
「ラファが仕事を? そいつは……」
「うん、どうかな? 何かできる事ないかな?」
「……とりあえず、他の誰かの手伝いをしてみたらいいんじゃねえか?」
「そっか、手伝いだね。ええと――」

 そう言ってラファがマエル以外の3人に目を向けると、皆が一斉に視線を逸らす。
「ラファの気持ちはうれしい。だが今のところは俺とザビーネで足りていてな……何かあったときはラファにも頼もう」
「ええ、忙しい時期には手伝ってもらいますよ」
「領内の見回りをするには、まだ早いんじゃないか?」
「……僕、ここにきてもう200年近くたつけど、まだ早いのかな?」

 3人のあしらいにラファが頬を膨らませた。そんな彼を見たアレクがラファに優しく応える。

「ラファ、そんなに焦らなくてもいいんだ。本当にやる気になったら教えてくれ。その時こそ手伝ってもらうから。……では、俺は執務室に行く。ザビーネ、後から来てくれ」
「ええ、承知しました」
「俺もそろそろ出かけるとしよう。帰りは遅くなる」
「おう、それじゃあな」
「……皆、がんばってね」

 アレクとザビーネ、ジョナの3人が席から離れ、食堂から出て行くのをマエルとラファはテーブル席に着いたまま見送った。そしてその姿が見えなくなると、ラファがマエルに声を漏らした。

「なんかさ……最近の皆って、ちゃんと仕事をしてるよね」
「あいつらは前からしてるだろ。してないのはオレとラファくらいなもんだ」
「そういうマエルも最近は仕事をしていると思うよ」
「そうかあ?」
「うん、前みたいに森に引きこもったりサロンでダラダラしてたりすることも少なくなって、別館あたりでブラブラしてることが増えたよね」
「ブラブラしてるか……まあ、最近はそれなりに仕事してるかもな。ほら、あいつが来たから家具を用意したり修理とか他にもやることがあったし」
「それに、この間、あの子のために洗濯箱? 洗濯機? っていうのもつくってたよね? 洗濯をするのがすごく楽になったって喜んでたよ」
「…………まあ、そんなこともあったかな」
「ずるいなぁ。前は一緒に館内でダラダラしてたのに……なんか僕だけ何も変わってないみたい」
「…………」
「皆、あの娘が来てからちょっと変わったよね。仕事を頑張ってるっていうか、生き生きしてるっていうか……。じゃあ僕は? 僕も領主の仕事をした方がいいのかな?」
「あのな……ラファは何も変わってないとかしてないとか言うけどよ。そういう気持ちになったってことは、ラファも少しは変わったってことじゃねえか? ほら、前はそんな事を考えたこともなかったろ」
「あ……うん。そうだね」
「ほらな。充分、変わってるって。オレの場合はさ、働いてるって言っても……ほんのちょっとやっただけで、もうオレの中にはやる気みたいなモンはねえから」
「ふうん……そうなんだ」

 ぼんやりと宙を見上げるラファのことを、隣に座っていたマエルが優しげに見つめた。

ラファ、おまえはいつも通りでいいと思うぜ。おまえの力が必要となったときには、誰かが必ず声を掛けてくれる。それまでゆっくり待ってろよ」
「……うん、そう思うんだけど……」

 ラファがマエルに顔を向ける。その目には、何か強い力が宿っていた。

「ねえ、マエル。僕、領主の1人として何かした方がいい気がするんだよね。僕に何かできないかな? ジョナの手伝いとか?」
「あの仕事は……どうだろうな……」

 巡回先で行われている本当の仕事内容を知っているマエルは口を濁す。それを煮え切らないと感じたラファが先を促した。

「じゃあ、館内の掃除とか洗濯とかは?」
「それ、そもそも領主の仕事じゃないぜ。あいつと一緒に仕事したいだけだろ? 仮にやってもマインスターやカーミラから駄目出しされそうだよな」
「それ、地味に嫌かも。厨房はエドワードに追い出されそうだし、バラ園はレスタトが入れさせてくれなさそう。……ねえ、別館の仕事は?」
「あっちはオレとクレイヴンで間に合ってるし」
「ねえ、マエル! そこをお願い!」
「そこまで言うならいいけどよ、泥だらけになったり、力仕事とかだぜ?」
「え……そうなんだ……僕には部屋の中で座ったままで出来る仕事とかの方が向いてる気がするんだよね」
「……まあ、そう言うだろうと思った」
「となるとやっぱり領主とか伯爵の仕事だよね。アレクの手伝いとかがいいかな」
「そいつは、さっき言ってただろ。アレクとザビーネで間に合ってるって」
「……でも、その仕事を手伝えるといいな。忙しいアレクを助けられるし、領主筆頭になった僕とあの娘が仲良くなる機会も増えそうだし。一石二鳥だね」
「はいはい。一日代理とかそんなのがあるといいよな」
「もう……本気なんだからね」
「じゃあ、そろそろオレは別館に行くかな。ラファはどうする?」
「とりあえず、何かあったときの為に蔵書室で勉強かな」
「それ、いいな。頼んだぜ」
「うん、任せて」

 このときの2人のたわいもない会話が、しばらく経って本当になるのだが……。
 それはまた別の機会の話である。

END
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