
他校の男子生徒
「お願い! ちょっとだけでいいからさ!
ひとりなら別にいいでしょ。
ね? せっかくだし、友達になろうよ」
相手は顔を近づけて親しげに話しかけてくる。
椅子の背もたれに逃げるようにして身を引いた
その時――男子生徒の背後から、低い声が響いた。
陸リョクハ
「――お坊ちゃま。
こちらのお嬢様に何か御用でしょうか?」
他校の男子生徒
「えっ。あ……いや、その……」
御神アマネ
(! リョクハ先輩……!?)
陸リョクハ
「当店では、他のお客様への過度なお声がけは
禁止とさせていただいております。
何かご用事でしたら私が承ります」
他校の男子生徒
「い、いえ。なんでもないです!」
リョクハ先輩が軽く睨みつけると、
男子生徒はばつが悪そうな顔で去って行ってしまった。
陸リョクハ
「……お待たせいたしました。お嬢様」
先輩は何事もなかったかのように
すました表情で、カップやティーポットを
テーブルに配膳していく。
御神アマネ
「先輩……! ありがとうございます。
困っていたので助かりました……!」

ストラップを肩にかけ、
キセキは音を確かめるように、
流れるような仕草で軽く弦をかき鳴らす。
御神アマネ
(わ……)
……さっきの部員とは、まるで音が違った。
試し弾きだけで、部屋の雰囲気が一変したのがわかる。
小鳥遊キセキ
「じゃ、行くよ――」
そして彼が、ふっとひとつ息を吐くと……。
小鳥遊キセキ
「……」
――空気を震わせ、音が鳴った。
滑らかに動く指先から、力強い音が生まれ、
それがどんどん熱を帯びていく。
御神アマネ
(……すごい……)
彼の演奏に聴き入り、
誰もが言葉をなくしていた。
御神アマネ
(音のひとつひとつが、
心に訴えかけてくるみたい)
気付けば、腕に鳥肌が立っている。
御神アマネ
(……知らなかった。
キセキにこんな演奏ができるなんて……)

安曇ネオ
「ここ、俺のお気に入りの場所なんです。
すごく眺めがいいでしょ?」
御神アマネ
「たしかに、いい眺め……」
塔屋の屋根からは、街の景色が一望できた。
遠くに山の稜線がかすんで見え、
道路を走る車はまるでミニチュアのようだ。
少し強めの風が吹き抜け、
私とネオくんの髪をなびかせていく。
御神アマネ
「あ……向こうにタワーが見える……。
今、建設中なんだよね?」
その塔は、低い屋根や小さなビルの並ぶ、
のどかな街の風景にはそぐわない異質さを放ち、
ひときわ高くそびえていた。
安曇ネオ
「そう。この前、建設中の写真も撮ってきたんです。
教団はあの塔を街の新しいシンボルに
したいみたいですね」
御神アマネ
「私の友達も言ってた。
『完成したらデートスポットになるかもね』って」
安曇ネオ
「ああ……、なりそうですね。
この街って観光スポットほとんどないし」
御神アマネ
「そう……この街は宗教都市だけど、
暮らしてるとあんまりそこを意識することが
ないんだよね」
御神アマネ
「皆、すごく信仰中心ってわけでもないし、
学校もお祈りの時間があるくらいで
あとは普通だし――」
安曇ネオ
「信徒には、内信徒と外信徒がいますからね。
教団内部で働く内信徒にならない限り、皆、自分が
信徒って意識はあんまりないんじゃないすか」
御神アマネ
「そっか……そういうものかもしれないね」

帯刀シーマ
「ふぅ……これで全部揃ったかな。
つきあわせてしまって悪かったね」
御神アマネ
「いえ、ぜんぜん……!
どこのお店の何が安いか、説明してもらえて
すごく勉強になりました」
帯刀シーマ
「それなら良かった。
……ああ、それも貸して。重いでしょ?」
御神アマネ
「えっ、大丈夫ですよ。
私からお手伝いを申し出たんだから
これくらい……!」
帯刀シーマ
「いいからいいから。はい――」
ふわりと笑って、シーマくんは私から
エコバッグを受け取る。
御神アマネ
「ありがとうございます……。
でもこれじゃ、お手伝いにならないですよね」
帯刀シーマ
「とんでもない。特売のひとり1パックの卵が
御神さんのおかげでふたつ買えたんだから、
いてくれて大感謝だよ」
シーマくんがあまりにも真面目な顔で言うから、
つい吹き出してしまった。

氷鉋テラ
「……あっ、み、御神さん……」
御神アマネ
「あはは……すごい混雑だね……わっ――」
背中を押され、バランスを崩してよろめく。
すると――テラくんが咄嗟に私の腕を掴み、
近くの壁際に、庇うように誘導してくれた。
氷鉋テラ
「だ……大丈夫? あの、押されてたから……」
御神アマネ
「う、うん。ありがとう……!」
テラくんが壁に手をついて、人の波との間に
小さな空間を作ってくれている。
御神アマネ
(こうして間近で見ると……
改めて、テラくんってすごく背が高いんだな……)
肩幅は広くがっしりとしているし、
腕だって筋肉がついていて、私とは違う。
一歩踏み出せば彼の胸に触れてしまいそうな距離に――
なんだか少し恥ずかしくなって、呼吸をひそめた。

???
「――やあ、やっと目が覚めた?」
御神アマネ
「……っ!!」
???
「もう! そんなに驚かないでよ。
傷つくなあ」
教卓の上で、白いぬいぐるみが
真ん丸の目をこちらに向けている。
御神アマネ
「! ……ぬ、ぬいぐるみ……喋ってる……?」
???
「ぬいぐるみじゃないよ~。
ねえキミ、ぼんやりしてるみたいだけど
自分が誰だかわかる?」
御神アマネ
「私は…………御神、アマネ――」
???
「うん。よくできました!
じゃあ、ほかのことは思い出せる?」
御神アマネ
「…………」

帯刀シーマ
「よし、これで全員揃ったかな。
一応、点呼を取るから呼ばれたら
返事してください」
帯刀シーマ
「1年B組、安曇ネオくん」
安曇ネオ
「はい」
帯刀シーマ
「2年A組、御神アマネさん、小鳥遊キセキくん」
御神アマネ
「は、はい……!」
小鳥遊キセキ
「はーい」
帯刀シーマ
「2年C組、氷鉋テラくん」
氷鉋テラ
「……はい……」
帯刀シーマ
「3年A組、陸リョクハくん」
陸リョクハ
「はい」
帯刀シーマ
「――そして、この委員会の顧問は、
図書室司書である帯刀が務めます。
よろしくね」

小鳥遊キセキ
「ほい、リョクハ!」
陸リョクハ
「ほら、御神――」
御神アマネ
「シーマくん!」
帯刀シーマ
「よし、次は氷鉋くん――」
氷鉋テラ
「わああっ、やっぱおんぶで打つなんて
無理だって……! お、落ちるっ……」
安曇ネオ
「あははっ、テラ先輩、早く返して!」
ルールも勝ち負けもない。
ただボールが来たら返すだけの遊びなのに、
それがたまらなく楽しい。
今、この瞬間。皆とだから――

ぐいと手を強く引き寄せられ、
かすかな風が巻き起こる。
瞬間、なにが起きたのかわからなかった。
背中を壁に押し付けられ、乱暴に顎を持ち上げられて。
陸リョクハ
「……」
御神アマネ
(……!)
――色の違うきれいな瞳が、
すぐ間近で切実さを帯びて揺れた。
苦しいくらい心臓の鼓動が速くなる。
押し当てられた彼の唇から熱が移り、
ゆっくりと離されていく。
御神アマネ
「……っ、な……んで……」
陸リョクハ
「どうしても俺と関わりたいんだろ?
だったら何されても、文句は言わないよな」
冷たい、射るような眼差しが向けられた。
突然のキスと、打って変わった乱暴な態度に、
頭の中が真っ白になる。

私を逃すまいとする眼差しに、
隠しきれない、ほの暗い執着が浮かび上がる。
小鳥遊キセキ
「……ずっと俺の傍にいて……。
どこにも行かないで。俺だけのものでいて」
少しでもキセキを安心させたくて、
私は彼の頬に指先を伸ばす。
御神アマネ
「うん……どこにも行かないよ。
ずっと、傍にいる……」
小鳥遊キセキ
「……好きだ……愛してる……」
キセキの顔が近づいて、
優しい口づけが落とされる。
御神アマネ
(この先、何があったとしても、
私はこの人の味方でありたい――)

ゆっくりと、
彼の手の平が首を包み、締めあげていく。
御神アマネ
「や、だ……ネオく……」
ネオくんの姿が滲み、涙が零れた。
苦しい。息がしたい。熱い……。
安曇ネオ
「ふ、ほっそい首……。
……先輩の運命、いま、俺の手の中だね……」
安曇ネオ
「もうすこし……あとちょっと力を入れたら、
俺のせいで先輩が死んじゃう……。
……は……はは、ふふっ……」
彼の指先が震え、その振動が伝わってくる。
締め付ける力は強くなったり、緩くなったりを繰り返し、
口づけは止まず、深くなっていく。
笑っているような、泣きそうな顔で私を見つめる――
狂気と理性の間でネオくんの瞳が揺れていた。
御神アマネ
「く……るし…………」
安曇ネオ
「……俺を受け入れてよ――先輩…………」

御神アマネ
(本当に怖いのは、シーマくんが罪を犯すことじゃない。
この手からいなくなってしまうこと……)
そんな風に考える私も、
もう壊れてきているんだろうか。
密着する胸越しに、シーマくんの鼓動が大きく跳ねた。
傷を抱えた眼差しが深く翳り、熱が宿る。
帯刀シーマ
「……君が好きだ……どうしようもなく。
この手がどんなに汚れようと、君を離したくない。
……もう、離さない――」
御神アマネ
「! んっ……」
ひんやりとした指が口の中に侵入し、
返事すら塞がれる。
その目は、もうどこにも行かせまいと語っていた。
上顎をなぞる感触に、
ぞくぞくと身体の芯が疼き、甘やかにかき乱される。
帯刀シーマ
「……もし、『その時』が来たら……。
俺と一緒に堕ちて。アマネ――」

氷鉋テラ
「すごい……僕の血……どんどん溢れてくる……。
アマネちゃんの顔も、染まってく……」
氷鉋テラ
「ふふ、なんだかとっても安心するよ……。
このまま、ぜんぶ、忘れられるかな……」
御神アマネ
「……っ、やめて!
こんなことしたら、あ、危ないよ……!
テラくんが死んじゃう……!」
私の声なんてまるで耳に入ってないみたいに、
テラくんはこちらを見つめ、目を細めた。
その瞳が一瞬、狂気じみた異様な光を帯びる。
氷鉋テラ
「はぁ……あったかくて柔らかいなぁ……君の肌……」
それは、どこか恍惚とした声音だった。
血に濡れた指先がゆっくり頬をなぞると、
恐怖に喉が詰まり、心臓が激しく脈打つ。
氷鉋テラ
「……もう、僕には君だけなんだ……。
けど、大切なものほど……
壊れたときに辛い……死んじゃいたいくらい……」

???
「……♪」
御神アマネ
「! ……っ」
ベッドから起き上がってみたけれど、
部屋の様子に変化はない。
御神アマネ
「だ……誰も、いない……?
でも、たしかに今…………」
???
「――やあ、こんばんは」
御神アマネ
「……!!」
急に背後から抱きしめられ、
心臓が凍り付きそうになった。
御神アマネ
「……は、離して……!」

















