ショートストーリー
EPISODE:Lise René Xana
『旅の前日譚 -主従関係-』
エクスラトルに住まう、名もなき一人の青年との、小さな小さな……後に壮大となる歴史に埋もれるほどの、ささやかな日常。
だけどリーズ・ルネ・シャナは、どれだけ印象的な旅をすることになったとしても――。
きっと、彼との話を、忘れないだろう。
*
「リーズはさ、彼女と恋人同士になりたいとか思わないのか?」
「……え?」
――どうも、俺はパラル村の住人である男その1。
名乗るほどの特徴はないので、その1とでも呼んでくれ。
俺が住んでいるパラル村は、エクスラトルの中でも上質な葡萄酒が作られることで有名で、観光客が来ることもちらほら。
とはいえ田舎だけあって基本的には静かで穏やか。
発展している首都オーピアと比べると不便は多いだろうけど、俺はここでののどかな生活が気に入っていた。
そして今、小さな喫茶店で俺と共に紅茶を飲んでいるのが、リーズ・ルネ・シャナという青年。
親友……と呼べるほどの関係性ではないけれど、たまにこうやって話をすることがある……うん、まあ気の良い友人の一人だ。
……ところでこの村には、浸透しきっている常識が存在する。
それはこのリーズ・ルネ・シャナが、国内外で有名になってしまうのでは? と考えてしまうほど美青年であること。正直、向かいの席にいると眩しくて仕方がない。
……そして、その彼の傍には常に当代のジャンヌという、これまた綺麗な聖女が常にいる……というか、いなくても存在がちらついていること。
先ほど俺が口にした『彼女』とは、その17代目ジャンヌ・ダルクのことである。
「よく言われますが……。
おれも彼女も、お互いに恋愛感情を持っているわけではありませんから。
ただ、この世界で一番大切に想い合っている幼馴染みというだけで……」
「それを恋人っていうんじゃないのか?
……一生彼女の傍にいて支えるつもりなんだろ?」
「はい。
彼女がジャンヌとして旅立つ時が来ても、来なくても。
ほら、聖女には『他の何者にもなれない』という職業制限がかかっているでしょう? だから――」
軽く国を崩壊させられそうな美しさで、リーズは微笑んだ。
「ジャンヌを一生養えるほどの貯金をしようと思っていて。
医術師や宝石採掘を術式で手伝って、お金を貯めている最中なんです。
最終的には二人で老後を静かに過ごせる、素朴で素敵な家が買えるといいなと」
「それ、恋人を通り越してもう夫婦じゃね……?」
「あはは、そんな。
おれは単に、家という大きな買い物をしてしまえば、彼女が危険な真似をするのを減らせる、小さな理由の一つになるかなと……」
「怖い怖い怖い怖い重い重い重い重い。純朴なのに繋ぎ止め方が狂ってる」
「そうですか?
でも前にうっかり彼女にこれを話してしまったとき、『リズに大事にされている実感があって嬉しい』『緑豊かな家の庭にいる君は美しいだろう』と、喜んでくれましたよ?」
「主従揃って狂ってんな」
俺わかんないよ……。
男女の友情とも主従とも言えないし、彼女とリーズの関係って、本当なに?
「ですが……あの有名なオルティエが、リージェネートに占領されてしまったという噂が流れているでしょう?
……戦争が激化する前に救国をしろと、とうとう神から彼女に宣告が下る予感がするんです」
「あー、聖女は神からの宣告がないと、戦争に出られないからな。
随分前にあの国と大規模な戦いがあった時も、止める兵士を引きずって出撃しようとしてたっけ」
「はい。最終的には、派遣された聖刻の戦闘要員の方が百人がかりで押さえ込んで説得していましたけど……」
冷静に考えると、百人でないと押さえ込めない彼女の強さもだいぶおかしい。この主従に関わっていると、だいぶ普通の基準が狂いそうである。
「ってことは宣告が下りたら、リーズも彼女と一緒にオルティエへ旅立つのか」
「ええ、従者ですからもちろん。
……彼女の足手まといにならないかだけが、心配ですが」
「ハハ、大丈夫だよ。
お前は彼女を守るために、一生懸命術式の稽古をしてたじゃないか」
そう言うと同時に、互いに注文したケーキが届いた。
そのうちの一つを、俺はリーズへと差し出す。
「?」
「俺の奢り。甘いモン食って、彼女を支えるための糧にしろよ」
「……! ありがとうございます。
……おれみたいな弱い従者を、信じてくれているんですね」
「当たり前だろ? 村の皆は、全員家族みたいなもんなんだから。
……でも……」
言い淀んだ俺に、リーズは首を傾げた。
……少しばかり照れくさいが、ここで本音を隠す必要なんてないだろう。
「彼女とリーズが旅立ったら、きっと寂しくなるな。
お前ら主従はさ、この村の名物みたいなもんだから」
「……そうですね。
おれも皆さんにしばらく会えないと思うと、寂しいです」
「葡萄酒も呑めなくなるしな?」
「あはは。
彼女はお酒が好きだから、それも堪えるかもしれませんね」
存在感のある二人が旅立ったパラル村は、きっと普段より静かで――何かが欠けたように、寂しくなるだろう。
正直に言えば、彼女とリーズの関係は理解できないし、この先も永遠に理解できないと思う。
「心配しないでください。
何があろうと、本人が嫌がっても、おれは彼女を生きてこの村に帰してみせます。
それこそ、どんな手段を使っても」
純粋で。
美しくも歪な、彼のジャンヌの命への執着には、時折恐怖すら感じるけれど……。
「おれも彼女も、パラル村が大好きだから」
それでも彼らが、大事な村の一員であることには変わりない。
俺たちが胸を張って送り出す、パラル村名物の破天荒主従なら、必ず。
「途中で死んだりなんかしたら、いつかあの世で再会しても口きいてやらないからな」
「……はい!」
最高の形で、エクスラトルの救国を果たしてみせるだろう。
*
「……リズ?
ぼうっとしてどうした、何か考えごとか?」
「あ……ジャンヌ」
オルティエに続く旅の中で、ふと故郷の友人と交わした会話を思い出した。
(彼もパラル村を発つ時に、盛大に見送りにきてくれたっけ)
これまでの道のりで強い敵や仲間と出会い、弱い自分がますます情けないと思うことが何度もあった。
彼女を守るどころか守られてはいないかと、夜中に悩んだことも一度や二度ではない。
でも――。
「少し、村のことを思い出していました。
皆さん旅立つときに、揃って見送りに来てくれましたね」
「ああ、そうだな。
聖女という役目は億劫だが、皆が平穏に暮らすためにも救国は成し遂げなければ。
君という、自慢の従者と共にな?」
「――はい。
いつまでもどこまでも、お供します」
旅を続けよう。
彼女の傍で輝き続ける、道標の明かりとして。
破天荒な彼女と一緒なら、きっと――。
彼とも、笑顔で再会できると思うのだ。
END



