〜比良坂 京介の章〜




秋、憂鬱な季節――――。


学園の屋上で寝っ転がり、目を閉じる。
この学園へ教師として着任し、1年とちょっと……になるのか。



「はぁー……」



探偵になりたくて自分なりに頑張ったつもりだった。
事務所へ入って2年間、がむしゃらに仕事をした。
作り笑顔、うまい嘘のつき方……利用できるものは何でも使って、
どんな依頼でも依頼主が満足するような結果を出した。
その成果を認められ、クソ社長から長期出張が命ぜられた。
場所は原宿、仕事内容は……探偵を目指す子供たちを指導すること。



「なんなんだよ……この現実は」



ポツリと独り言を吐き、目を開けて空を睨む。


なんて良い天気なんだ……。
なーんか、もうどうでもいいや。
いっそ探偵なんて諦めて、違う仕事を探そうかな。
大体、あのクソ社長がムカつくんだよ。



『おい、京介。俺の親友が仕切ってる探偵学園へ行け。
そこで学んでこい。お前には足りないものがいっぱいあるからよ』



俺に足りないものって一体なんだよ?
むしろ俺が教えてやる立場で誰にどう学べって言うんだ?


納得できなかったけど、社長が言う“俺に足りないもの”が知りたくて
とりあえず、文句を言いながらも教師をやってみることにしたが……未だに何もわからねぇ。
仰向けに転がっている身体を反転させ、校庭を眺める。
ああ、涙が出そうだ……



「……世知辛い」



そんな時、屋上のドアが勢いよく開き、何者かが俺を目がけて走ってくる。



「せーーーーーーーーーーんせっ!!!」


「ぐえっ!!!!」



走ってこられてそのまま、背中を踏まれた。
凄く痛い……。
っつか、踏まれたままなんだけど……。



「お、重い……激重……」


「だって背中に乗っかってるし」



再び屋上のドアが開き、今度は焦った様子の青年が来た。



「わぁああ!! 亜希、京介先生の背中から降りなよ!」



そう言いながら、亜希と呼ばれた彼女の腕を引っ張り、俺を救出してくれる。



「た、助かった……おい、帯脇。
その怪獣から目を離すなっていつも言ってるだろ?」


「す、すみません……」



今、平謝りしたこいつは帯脇陽輝。
俺が担任をしてるクラスの生徒。
この怪獣の抑え役で、凄く助かっている。



「先生、今日はお弁当作ってきてあげた! ハルがね!」


「お前じゃねぇのかよ……」



この元気いっぱいな怪獣は堀北亜希。
帯脇と同じく俺の担当クラスの生徒。
突拍子もないことをするから怖い……。



「まぁ、食べれれば何でもいいじゃん」


「……そうかよ」


「と、とにかく、お弁当を食べませんか? 
昼休みが終わってしまいますし」



俺の昼休みは大抵、この2人に潰される。
別に約束なんてしてないのに、昼休みは屋上に集まるのが日課になっていた。



「あ、私が分ける! えーっと、先生は……はい、肉食って頑張ってね」



そう言いながら、彼女は俺の皿に肉団子をてんこ盛りにした。



「ちょ、お前! 俺はそっちのミニトマトがいい!
俺、肉より野菜だから。 草食系男子だから」


「草食系だからこそ、肉を食べないと! はい、召し上がれ〜」



そう言って、肉がのった皿を手渡してくる。



「はぁ……もう肉でいいや」


「まぁまぁ、そうふてくされないで。
先生には……明日、超良いことがあるから!」


「あ? 超いいこと?」


「亜希、それ以上言ったらダメだよ」


「? どういう事だよ?」


「ははは、明日のお楽しみです」



そう言いながらニコニコしている2人を俺は凝視した。
凄く怖い。 一体、何を企んでやがるんだ?





〜翌日〜



今日もいつも通り、屋上で寝っ転がっている俺。


……ああ、雲が流れていく…………


もう探偵なんてどうだっていい。
教師も辞めて、一生雲を眺めて生きようかな。



「…………ニートでいいかもな……」



そんな事を考えてると、昨日とまったく同じように屋上のドアが開いた。



「せーーーーーーーーーーーーーーーんせーーーーーーーー!!!」



ビクっと肩を震わせ、思わず身構えしてしまう。
あれは怪獣・堀北の声だ!
声を察知し、素早く辺りを見まわす……が、誰もいない。



「……? 確かに声がしたと思ったが……」



あんまりにも恐れているからか、ついに幻聴まで聞こえてしまったのか……俺、やばい。
再び横になった俺は、目を閉じてこれからのニート生活を想像した。
と、その時、急に頭に布のようなものを被せられる。



「うわぁあ!?」


「先生、大丈夫! 私だから!」


「その声は……堀北か!?」


「うん、そうだよ! じゃあ、そのままゆっくり立って、大人しく言うことを聞いて」



全然大丈夫な気がしない上に、どうしてこんなに偉そうなんだよ、こいつ。
っつか、俺は一体どこに連れて行かれるの? 凄く怖い。
その恐怖を消したくて、俺は救世主の名前を出した。



「おい、帯脇は一緒じゃないのか?」


「うん、ハルはいないよ〜。私だけ」



終わった。めちゃくちゃにされる。
俺は絶望の中、フラフラと手を引かれるがまま、堀北に着いていった。


しばらくして、堀北から目隠しを取っていいという指令が出た。
どういうことか訳がわからない俺は、目隠しを取り
久しぶりの光に目を伏せながら、慣れるまでボーっと辺りを見まわした。
目が慣れてきた俺の前に、信じられない光景が映った。





「……え、畑?」


「ここ、耕すの大変だったんだよー」


「トマトにきゅうりに人参…他にもいっぱい植えてありますから、自分で確認して下さい」


いつの間に帯脇もそこにいて、
放心状態の俺に色々と説明する2人だったが、ほとんど耳に入らなかった。



「……どうして畑、なんだ?」


「だって先生、野菜好きじゃん!」



確かに野菜は好きだけど……畑って……
そんな俺の疑問を察知したのか、帯脇が理由を説明してくれる。


「最近元気がないって、亜希と2人で話していたんです。
で、何かすれば、元気が出るんじゃないかって……」


「先生の好きなものって言ったら、野菜でしょ?
だから畑をプレゼント!」



なるほど。野菜=畑になったのか。
ぼーっとした頭で、そんなことを考えていると
突然、俺の目の前に鮮やかな赤い髪をした青年が現れる。



「へ〜。 この人が亜希ちゃんと陽輝くんの先生かぁ」



その青年は物珍しそうに俺を見上げていた。
すると、すかさず帯脇が俺に紹介をしてくれる。



「あ、この人は芙蓉薫くんです。
亜希が……まぁ色々あって友達になった人です」


「初めまして、芙蓉薫です。
亜希と陽輝くんから京介さんのこと、いつも聞かされています」


「ああ。こちらこそ、初めまして」


「薫ちゃんがね、畑を作るの凄く手伝ってくれたんだよ」


「はぁ……“薫ちゃん”は嫌だって言っているじゃない」


「え〜。可愛くていいじゃん」


「ま、まぁまぁ」



3人の会話を聞きながら、俺は昨日までの自分を考えていた。


―教師なんて仕事、どうでもいい―


―探偵がやりたいのに、どうして俺はここにいるんだ―


そんな考えだった俺が、今はまったく逆のことを思っていた。
初めてここにいて良かった、と。
嬉しくて、顔を上げられない。



「あれ〜? 先生ったら、感動しちゃった〜??」



う……図星……不覚にも、涙が出そうだ。



「ふふふ、感動してもらえたなら、僕も手伝った甲斐があったかな」


「京介先生、ちゃんと畑のお世話してくださいね」


「わ、わかって――」



次の瞬間、顔が上げられない俺を誰かが抱き寄せる。



「え……」


「……先生、辞めないでね」



耳元で意外な言葉を呟かれた。



「わぁああああ!!! 亜希、離れろ!!」


「あ、亜希って、この先生が好きなの……?」



推理力、行動力……そんなもの探偵になるには当たり前で、
本当に大切なものに気付けなかったが、こいつらに教えてもらった気がした。
俺に必要なものがここにはある。


――俺に足りないものが、ここに――


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