〜芙蓉 薫の章〜




朝、お店に出勤したけれど、なぜか鍵が見当たらない……
確かに手に持っていたはずなのに……どこかに落としたかな……
諦めて、スペアキーを持っているスタッフが来るのを待とう。
あとでスタッフ総出で探すしかないなぁ。
そう思いながら、遠くを見ていると、あの制服を着た子が遠くに見えた。
あの制服……探偵学園の制服だ……そう思いながら、静かに目を閉じる。
そのまま僕は、また7年前にタイムスリップする…………
あの子がいる、あの時へ…………





―目を閉じれば、瞼の裏にいるキミ―




服飾の専門課程を終え、ファッションコーディーネーターを目指すべく
田舎から東京へと上京してきたばかりの頃だった……


これからこの街で有意義に過ごせるよう、原宿にある明治神宮へ祈願をしに来た僕。
原宿駅を降りて、周りの景色を堪能しながら本堂までの道のりを歩いていた。


けれど……


なかなか着かない。
本堂までってこんなに遠いっけ……東京の神社はスケールが大きいなぁ……。
そう思いながら、ただひらすらまっすぐに歩いていると、
前を歩く女の子の後ろ姿が目にとまった。
なんだか見たことがある……知り合いなんて1人もいないはずなのに。
そう思いながらじっと見つめていると、突然、女の子が振り返る。



「!」


「あ!」



僕の顔を見て、思いだしたかのように声をあげ、一直線に走ってくる。



「ねぇ、君って前に路地裏で迷子になってた人でしょ?」


「え、路地裏……」



確かに2週間前、就職先の場所を確かめるため、路地裏に行ったけれど……
そこで迷子に……あ。思いだした。



「思いだしました。僕が道に迷っているところ、
声をかけて助けてくださった方、ですよね」


「そうそう!あの時はちゃんと目的地に着けた?」


「はい、お陰さまで着けました。本当にありがとうございました」



そう言いながら、僕は深々と頭を下げた。
顔を上げると、彼女は満足気な表情をしていた。



「ちゃんと着けたなら、良かった!」



そう言って、くるりと踵を返したが、またすぐに僕の方へと向く。



「あ、君もしかして、お参りに行くところ?」


「はい、そうです」


「なんだ、丁度いいじゃん。だったら、一緒に行こうよ!」


「え――」


「ほらほら、出発しゅっぱーつ!」


「うわぁあわあぁ」



ぐいぐいと強引に腕を引っ張られて、強制的に一緒にお参りへと向かうはめになった。
前もそうだったけれど、本当に不思議な子だなぁ。
でも、憎めないのはこの子の人柄だろう。
そう思いながら、僕は答える。



「ふふ、そんなに引っ張らなくても逃げませんから大丈夫ですよ」


「じゃあ、競争しよっか!」


「え……それは……やめましょう?」


「え〜〜」



拗ねた顔で僕の少し先を歩く彼女を見て、ふと気付く。
そう言えば、この前会った時は、確か私服だったけれど
今日は制服を着ているんだな。
たぶん、高校生くらいだと思うけれど……こんな真昼間の平日に、なぜ?



「あの……今日は学校、お休みなんですか?」



そう問いかけると、彼女は勢いよく振り返る。
その表情はキラキラしていて、なんだかまぶしかった。



「明日、入学式なの!
で、今日はその学生生活が充実するように祈願しに来たってわけ」


「あ、そ、そうなんですか」


「やっと自分の夢に一歩近づいたって感じなんだ。
だから、明日からの学園生活が凄く楽しみでさ」



すごく共感できる話だった。
僕も明日からずっと憧れていたアパレル店でスタッフとして働けるから、
彼女の気持ちが凄くわかる。
半ば興奮気味に話す彼女を見ていたら、いつの間にか僕も自分の夢を話していた。
きっと彼女にあてられてしまったんだと思う。
そして気づけば、本堂に着いていた。
もうちょっと話していたかったなと思いながら、2人でお賽銭箱まで行く。



「っさ、お参りお参り!」


「そうですね」



小銭を財布から取り出し、お賽銭箱へ投げる。
カランカランと音を立てて、小銭が吸い込まれていった。
それを確認した後、目を閉じて、願う。



『これからの生活が楽しくなりますように』


『僕の夢が……叶いま――』



なぜか頭の辺りに何かがいる気配がした。
というか、髪の毛を触られているような……
そう思って目を開けると、隣りにいたはずの彼女が目の前にいた。
当然、僕は驚いて悲鳴をあげる。



「わあ!!!!」


「あ、ごめんごめん。綺麗な髪の毛だなぁと思ったら
つい、手がのびちゃって……」


「か、髪の毛!?」


「うん、赤くて綺麗だね!」


「あ、ありがとうございます……」



……本当に、不思議な人だ。
突拍子もないというか、破天荒というか……



「で、何をお願いしたの?」



言うんですか?、という言葉が喉まで出かかったところで、思い出す。
最後まで願いを言えていないことを。



「…………」


「? どうしたの?」


「いえ……なんでもありません」



僕は諦めた。
どうしても祈願したかったことは1つ言えたし、それでいいかなと思う。
もう1つの方は、僕の力で叶えることだ。



「何を願ったかは……いずれわかるようになる……」



ポツリと言った僕の言葉に、彼女はきょとんとした顔になるけれど、
すぐに笑顔に変わる。


「なーんだ! 普通に話せるんじゃない!」


「え……あ」


そう言われて普通に話していたことに気付く。
そのことに彼女は満足した様子だった。



「じゃあ、帰ろう! あ、クレープ食べようよ!
この後ね、私の幼馴染と待ち合わせしてるから、紹介するね!」


「え?!」


「あ、そっか。そうだよね」



そう言いながら、戸惑う僕に彼女が手を差し出す。
そして、笑顔でこう言うんだ。



「そういえば、まだ自己紹介してなかったよね」


―あの頃のキミには、もう会えない―


「私、堀北亜希。この原宿の街に住んでるんだ」


―どんなに願っても……もう触れることも、話すことも叶わない―


「君の名前も教えて」


―目を開けて、キミを探す―



目の前には僕のお店があって、あの時言っていた夢が今、現実となっている。
充実した生活もおくれていて……でも、ひとつ足りない……キミがいないという現実。
亜希のいない世界は……僕にとって……なにも意味がない。
7年たった今でも、僕は変わらず、亜希を探してしまう。


その時、お店の目の前を1人の女の子が通った。
まっすぐ前を向いていて、その瞳には曇りが無い。
亜希に似て、自分をしっかり持っているような……芯が強い子……



「……探偵、学園の…………」



そう呟いた後、身体が勝手に動いていた。



「……その制服……ねえ、キミ」



彼女は振り返り、僕を見上げる。



「え……?」



戸惑う彼女の顔を見た瞬間、思い出す……
先月、お店に訪ねてきた京介さんが言ったことを――



【堀北の妹が、探偵学園に入学した】



すぐに状況を把握したけれど、割り切れない想いが僕の心を汚染する。
彼女は亜希ではない……でも、亜希と似ていて――


抱きしめたくなる気持ちを抑え、平常心を装う。
どうかしていると思いながらも、彼女から目が離せない僕がいた。


夏、はじまりの季節――。


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