ゼベネラ
「――後ろを向け」
ナーヤ
「……はい」
彼の言う通りに背を向けると、腰を掴まれ這いつくばる姿勢にさせられた。
天幕の隙間から吹き込む冷気が足を撫で、そこで初めて見慣れぬ形をしていた花嫁衣装の意図に気づく。
雪山に住まう白狼族。
厳しい土地では一瞬の油断が命取りだ。
天幕をいつでも出られるように。
あまり着込みすぎて、汗で体を冷やさないように。
そして、服を着たまま行為に及べるように。
衣服一つを取ってもマツリカ村と違うのだと、自分はそういう土地へ来たのだと実感した。
一瞬の隙が、命を奪う。
私が今いるのは多分、そういう場所だ。
ナーヤ
「…………!」
その時、私ははっと息を呑んだ。
マツリカ村では本来、自分でするはずの支度。
白狼族では必要がないという。
男に身を委ねればいい、と。
――それは、こういう意味だったんだろうか。
真偽を確認したくても、聞く相手はもういない。
それに口を開いたら意図せぬ声を上げてしまいそうだったから。
ぎゅっと目をつむると、狼が狩った獲物の血を啜る光景が見える気がした。
――食われるのだと、全身が緊張する。
けれどすぐに緊張は淡雪のように溶けさり思考がまばらになっていった。
俯いた拍子に、解かれた髪がこぼれ、揺れるのが見えた。
永遠に思えた支度の時は、唐突に終わりを迎えた。
彼が一瞬、体を離す。
気配が遠のいたと思った直後、彼が背後から覆いかぶさる気配がして同時に首筋に痛みが走った。
ゼベネラ
「っ……」
首の痛みに、はっと目を見開く。
彼は今、まるで狼が獲物を狩る時のように私のうなじに喰らいついていた。
動けない。
ナーヤ
「っ……!」
自分が内側から作り変えられてしまう感覚に、私はただただ瞠目した。
狩りで仕留めた獲物が、涙をこぼす時がある。
鹿を追い立てた時を、何故か思い出した。
でもあるのは痛みだけじゃない。
――これは、何?
これまでの自分が、バラバラになって無くなってしまうような覚束なさを覚えた。
急に怖くなって、私は身を捩る。
ゼベネラ
「……逃げるな」