フェイ
「じゃあ、始めるとするか」
ナーヤ
「ええ!」
私も、持ってきた竹籠を開いて地面に置く。
そして彼の隣に腰を下ろすとフェイは、ゆっくりと蛍琴を奏で始めた。
フェイが弓を引くと、柔らかく低い音が響いた。
フェイの奏でる音に惹かれて、蛍たちが集まってくる。
小鳥よりは小さく、虫たちよりは大きい。
ルヲ曰く、やはりマツリカ村にしかいないと言われるこの蛍たちは、光り輝く美しい羽を持っていた。
この灯りを求めて私たちは蛍たちを集め、村に立つ九つの【蛍光塔】に招く。
そうして蛍の光を、夜の間の村の灯りとしていた。
貴重な火を使わずに済むように、蛍聲様を必要以上に苦しめないよう蛍の力を借り、そして朝になったら、再び野に放つのだ。
フェイ
「――……」
蛍琴を弾いているフェイは普段よりもずっと寛いで見える。
彼のそんな顔を見るのが、私は好きだった。
村の族長の息子でも、宝玉鑑定士の娘でもない。
まだ何も知らぬ幼い頃に戻ったような安心感が、この時間にはあった。
フェイの奏でる柔らかい調べに、自然と私の唇から歌がこぼれだす。
私が歌う声に合わせて、フェイは静かに曲の調子を変えてくれた。
フェイ
「…………」
静かな笑みが、彼から溢れた。
楽の音と歌の調べが、寄り添い、混じり合う。
誘われるように、蛍たちが舞い降りてきた。
一度私の指先に止まった後、すうっと蛍たちが吸い込まれるように竹で編んだ籠に入っていく。
毎夜、こうして私たちは奏でていた。
この日々がいつまでも変わらず続けばいいのにとたまに思ってしまうぐらいに。
蛍たちを見ながら、フェイは、ぽつりと呟いた。
フェイ
「……景星節まで、あと僅かだな」
ナーヤ
「ええ。
……今年もフェイは、景星節に出られないの?」
フェイ
「ああ。火ノ番があるからな……」
景星節の間、村の火はけして絶やしてはならない。
そして祭りの間の火ノ番を許されるのは、族長の血を引く男だけ。
昔からそう決まっていた。
だからフェイは、今年も祭りには行けないのだ。
フェイ
「族長家の男は、子供の頃を除いて景星節に出てはならない。
……昔から、そう決まってるんだ」
ナーヤ
「そう、よね……」
子供の頃は、よく一緒に景星節で遊んでいた。
けれどある時からフェイは来なくなった。
族長一族には、しなければならない事が多くあるのだ。
この蛍を集める仕事のように。
しきたりなのだ、と言われたらそういうものだと受け取るべきだから。
それでも――。