
昼休みを告げるチャイムが鳴り、クラスメイトは思い思いに行動し始める。
購買に昼食を買いに行く者。机を寄せ合い、弁当を広げる者。
そんな中、僕は席にじっと座ったまま、スピーカーに耳を傾けていた。
「あれ、早咲。飯、食わないのか?」
「うん。それより、大事なことがあるからね」
「ふうん?」
クラスメイトは不思議そうに僕の顔を見ていたけれど、
それ以上何も言わず、友人と連れ立って教室を出て行く。
僕はその後姿をぼんやりと見送り、
後数分もしないうちに流れる昼の放送を、今か今かと待ちわびた。
(今頃、原稿を広げているのかな……)
ここにはいない神無のことを思い浮かべる。
そう――今日は神無が放送部に入って、初めて仕事をする日だ。
土佐塚に誘われ、迷った末に神無は放送部への入部を決意した。
話すのは苦手だけれど、少しでもそれを克服したい。
そう言って、はにかんだように笑った神無の顔を見て、僕は彼女のことを応援したいと思った。
まあ、僕と一緒の部活に入ってほしいという思いはなくはなかったけれど、
やっぱり神無の意思が1番大切だからね。
そんなことを考えていると、スピーカーから柔らかい少女の声が聞こえてくる。
* * *
「こ、こんにちは。これからお昼の放送を始めます」
少し硬い口調だけれど、すぐに神無の声だとわかった。
(神無、頑張れ)
僕は心の中でエールを送る。
神無はこの日のために、1週間前から練習していた。
大会に出品する作品ではないとはいえ、初めて任された仕事だからと、
何度も原稿に手直しを加えていたのを隣で見ている。
(大丈夫。神無なら、絶対に最後までやり遂げられるよ)
神無が教室を出る直前、そう言って送り出した。
僕の言葉を聞いて、神無は一瞬目を見開き……、
見蕩れてしまうようなきれいな笑顔でうなずいてくれたんだ。
「今日は私、朝霧神無でお送りします。
短い時間ですが、どうぞお付き合いください」
練習では自分の名前を言うところで噛んだり、
どもったりしていたけれど、そんなこともなくスムーズに言えている。
まだどこか硬い口調なのは仕方ないとしても、
緊張して上擦っていた声がなくなっているのはすごい進歩だと思う。
練習した成果が、きちんと本番に反映されていた。
「初めに、2年3組の若林さんからリクエストを頂いた
【また笑顔で会える日】を流したいと思います」
神無の放送が終わると同時に、リクエスト曲が流れてくる。
しばらく流れてくる曲に耳を澄ませていると、音楽に乗せて神無の声が聞こえてきた。
「この曲は、小さい頃から一緒に過ごしていた2人が
高校卒業をきっかけに離れ離れになってしまいます。
ですが、大学を卒業したらまたここで会おうと笑顔で約束をして、
お互いの道を歩んで行く姿を歌詞に込めたものです」
音楽を邪魔しないよう声のボリュームを抑えているが、しっかりと耳に入ってくる。
よどみなく話す神無の声に意識を集中させていると、ほどなくして曲が終わった。
「次は私が選んだ【彩りの世界へ】を流します」
流れてきたのは、心がふわっと温かくなるような曲だった。
「この曲は、日本の春夏秋冬の美しさを歌詞に込めたものです。
それぞれの季節を優しく表現していて、とても心が落ち着く曲に仕上がっています。
ど、どうぞお聞きください」
慌しく放送を切った神無にくすりと笑みを浮かべ、流れてくる曲に耳を傾ける。
【それぞれの季節を優しく表現している】だけあって、聴いているだけで癒された。
ヒーリング効果のあるCDより、よっぽど効果があるかもしれない。
「……すごくいい曲だな」
背後から声が聞こえ、振り返ると、クラスメイトが僕と同じように耳を傾けていた。
「うん。僕のお気に入りの曲になりそう」
「俺も。こういうのって聴いたことなかったけど、結構いいもんだな」
そう言って、クラスメイトは笑みを浮かべる。
周りを見渡すと、僕ら以外にも放送に耳を傾けているクラスメイトがちらほらといた。
きっと、みんなもこの優しい音楽に心を奪われているんだろう。
「……ぴったりだよな」
「え?」
唐突にそんなことを言われ、僕はきょとんと目を丸くする。
「放送してる人の声が優しいからさ、この曲にぴったりだよなって。
……どんな人なんだろうな」
「すごく優しくて、かわいい子だよ」
「え!? お前、知ってんのか!?」
「うん。これ放送してるの、僕の彼女なんだ」
誇らしい気持ちでそう告げると、クラスメイトが目を見開く。
「……ってことは、朝霧さんか!?」
「うん」
僕が神無と一緒になったことを隠す理由はなかったから、
どういう関係なのか聞かれたら答えていたし、僕自身も公言していた。
そのせいか、僕たちの関係はクラスメイトのみならず全校生徒の知るところとなっている。
「そっか。……ああ、だから今日はお前1人なのか。
いつも彼女と一緒なのに、おかしいと思ったんだ」
「そういうこと」
僕はそれだけ告げてから、体を元に戻す。
こうして彼女のいい部分が他の人たちにわかってもらえることが嬉しい半面、
僕だけが知っていればいい、と言う小さな独占欲が顔を出してしまう。
あの優しくて綺麗な声も、柔らかな微笑みも、少し天然っぽいところも、
全部……、全部、僕のものになればいいのに。
――でも、そんなわがまま言ったら嫌われちゃうよね。
小さなため息をついて、目を閉じる。
スピーカーからは、変わらずに曲が流れ続けていた。
END