職員宿舎の前まできた俺は、腕時計で時間を確認する。

「よ、よし。十分時間があるな」

神無との待ち合わせは13時で、今は12時30分。
あいつが10分前にくるとしても、後20分は余裕があった。

「……すー……はー……」

深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
そしてぐっと拳を握り締めた。

「今日は絶対に失敗は許されないからな」

ごくりと唾を飲み込む。
今日は神無とつ、付き合って1年目だ。

正確に言えば、2日間前がちょうど1年目なのだが、
俺と神無は学生だから、学校をサボってどこかに行こうというわけにもいかなかった。

だから、学校が休みである土曜日。
つまり今日、神無をデートに誘ったわけだが――。

 * * *

「……神無がくるまで、予習をしておくか」

俺はひとつうなずくと、今日のデートコースを頭の中に思い描く。
まず最初にお洒落な喫茶店に入って、トークで女性を楽しませる。
それから――。

「……待て。トークで楽しませると言っても、神無はどんな話題なら楽しむんだ?」

学校のことか……?
いや、その話は学校の行き帰りでしている。
それに、楽しませるならもっと違う話題を振った方がいいだろう。

たとえば、そう……神無の好きなものとか。
ああ、趣味の話なら盛り上がるかもしれないな。

「……そういえば、神無とそういう話はしたことがなかったな」

神無は口数があまり多い方じゃない。
俺と一緒にいても聞き役に徹することが多く、
自分から積極的に話しかけてくることはマレだ。

だが、俺から話を振ればちゃんと答えを返してくれる。

「聞いてみるか」

まあ、俺としては神無と一緒にいられれば会話がなくても構わないんだが。
……いや、それではいつものデートと同じパターンになってしまう。
今日は特別な日なんだから、違ったデートを演出しなければ。

「とりあえず、会話内容は決まったな。後は――」

やはり記念日なんだから、プレゼントは必要だよな。
確かこの前読んだ雑誌に、【プレゼントは事前に買っておいて、
夜景の見える展望台で渡すのが吉】と書いてあったが……。

「ん……?」

プレゼントは事前に買っておく……?

「しまった。プレゼント……!」

自分の失態に気付き、愕然とする。
神無とどこに行くか、そのことばかり考えすぎていたせいで、
プレゼントのことをすっかり失念していた。

「今から買って戻ってきたら、間に合うか?
 いや……無理だ。どう考えても間に合わない」

即座に自分の考えを否定する。

鬼の力を使えば、街に降りて戻ってくるのに30分……。
いや、1時間はかかるか。車……は持ってないから無理だな。
もしあったとしても、最低でも1時間はかかる。

どちらにしろ、その間に神無はやってくる。
せめて後1時間あれば、どうにか間に合ったんだが……。

「…………」
「貢くん、こんにちは。お待たせしてしまってすみません」
「……1番いいのは、時間をずらしてもらうことだな」

少し用事ができたから、1時間ほどずらしてもらいたいと言えば、
神無は承諾してくれるだろう。

「え……?」
「だが、神無と会える時間が減ってしまう……。それはなるべく避けたいな」

「あ、あの。貢くん?」
「となると、街に降りた時に、こっそりとプレゼントを買うしかないか」

「……プレゼント、ですか?」
「ああ。本当は神無と会う前に買う予定だったんだが、
 デートプランを考えるのに夢中で、うっかり忘れ――。か、か、神無!?」

「こ、こんにちは」
「お前、いつの間に……!?」

俺は驚きのあまり後ずさってしまった。

「ついさっきです。
 貢くんに話しかけたんですけど、何か考えごとをしていたみたいで……」
「あ、いや。その、気付かなくてすまなかった」
「い、いえ……」

何とも言えない気まずい沈黙が落ちる。
恐らく。いや、確実に……俺の独り言は神無に聞かれていただろう。

まさか、こういう形でバレてしまうとは思わなかったが、
聞かれてしまった以上、誤魔化しても仕方がない。
覚悟を決めた俺は、口を開いた。

「……さっきの話、なんだが」
「は、はい」
「……今日は俺とお前が付き合ってちょうど1年目だろう。
 だから、記念に何かプレゼントを渡そうと思っているんだが……」
「あ……」

神無が小さく声を上げる。
その頬がみるみるうちに赤くなっていき、俺も釣られるように赤くなった。

「貢くん、覚えていてくれたんですね」
「当たり前だろう! 俺とお前が付き合った大事な日を忘れるわけがない」
「ありがとうございます。……貢くんの気持ちが、すごくうれしいです」
「神無……」
「あの、貢くん。私からもプレゼントを贈りたいから、一緒に選びませんか?」

神無の浮かべた笑みに、思わずうっと言葉に詰まる。

「だ、だが……」
「私だけもらうんじゃなく、貢くんにももらってほしいんです。
 ……一緒に、お祝いさせてください」

俺の顔を真っ直ぐ見据える神無の瞳に、逆らえるわけがない。

「……わかった。一緒に選ぼう」
「はい!」

神無がうれしそうに頬を綻ばせる。
少し予定とは違うが、これはこれで良かったのかもしれない。
彼女の笑みを見て、そう思った。

END

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