俺はソファに寝転がり、適当にチャンネルを回す。

「…………」

ニュース番組を見ていたが1分もしないうちに飽き、違うチャンネルに変える。
途端、テレビからどっと笑い声が上った。
どうやら観客が芸人の物真似を見て、笑い声を上げたらしい。
耳につく不愉快な声音に眉をしかめ、すぐにチャンネルを変えた。

「……ろくな番組しかやってないな」

チープな2時間サスペンスを見る気にもなれず、俺は電源ボタンを押す。
そのままリモコンを放り投げ、目を瞑った。

「…………」

時計の針が刻む音だけが、居間を支配する。
俺は目を開け、ゆっくりと体を起こした。

「べつに、俺が家で待ってやる必要なんてないよな」

口の端に笑みを刻み、早速出かける準備にとりかかった。
神無は桃子と一緒に、最近できた大型ショッピングモールに出かけている。
桃子から電話口で絶対に邪魔するなと言われたが、あいつの言葉に従う義理はない。

「俺を退屈させた責任、たっぷりとってもらうぞ」

 * * *

車を走らせること数時間――。
俺は神無たちがいる大型ショッピングモールにやってきていた。

「……あっちか」

刻印を辿り、神無の居場所を早々に突き止める。
2人はアクセサリーやらぬいぐるみやらがごちゃごちゃと置かれた店内を見て回っていた。

「……しばらく観察するか」

見つけたらすぐに邪魔をしてやろうと思ったが、気が変わった。
神無が桃子にどんな反応を返すのか、見てやるのも面白い。
俺は柱の影に隠れ、2人の様子を窺った。

「ねえねえ、神無。あんた、こういうの好きじゃない?」
「わあ……! もふもふしてて、すごくかわいいです……!」

神無は桃子から手渡されたクマのぬいぐるみを見て、目を輝かせる。

(あんなのの、どこがいいんだ?)

俺には到底理解できない趣味に、眉根を寄せた。
そして、すぐに神無の楽しんでいる様子に、暗い感情が沸き起こる。

(もし、店中のぬいぐるみを目の前で燃やしてやったら、あいつはどんな顔をしてくれるのかな)

泣くだろうか。
それとも、俺の突飛な行動に驚くだろうか。
ああ、もしかしたら本気で怒るかもしれないな。

(……やめておくか)

あいつを困らせるのは楽しいが、さっきの案では、面白い展開が望めそうにない。
それに、こんなところで騒ぎを起こすのも面倒だ。
とにかく、今は観察を続けるか。

「それ、買っていったら?」
「い、いえ。見ているだけで十分幸せです」
「あんた、欲ないよねー。でも、きたんだから何か買うつもりはあるんでしょ」
「…………」
「え? もしかして、ほんとに何も買う予定ないの」
「は、はい……」
「じゃあさ、お揃いのストラップ買わない? 
あんたのケータイ、何もつけてないじゃん」
「お揃い……」

桃子の言った【お揃い】という言葉に、神無はぴくりと肩を震わせる。
そして、少し薄桃色に染まった顔を上げ、こくりとうなずいた。

「……お揃いのストラップ、ほしいです」
「決まり! あっちにそれ専用のコーナーがあったから、行ってみよう!」

桃子の手に引かれ、神無は店の奥へと移動する。
俺は2人に見つからないよう距離を開けて、後を追った。

 * * *

「かわいいのがあって良かったね」
「はい!」

目的のものを買った2人は、店から出てくる。

(……そろそろ出るか?)

神無の動向を観察するのにも飽きてきたところだ。
桃子には適当に言葉をかけて、帰ってもらえばいい。
俺が一歩足を踏み出すのと、男たちが2人目がけてやってきたのは、ほぼ同時だった。

「かーのじょ、俺たちと遊ばない?」
「遊ばない。神無、行こ」
「う、うん……」

桃子が神無の手を掴み、男たちの横を通り過ぎようとしたが、進路を阻むように立ち塞がる。

「そうつれないこと言わないでさ?
 もしかして、お金の心配してる? 大丈夫。俺たちが奢るから」
「しつっこいなぁ。行かないって言ってるでしょ!」
「お前に言ってねぇし」
「そーそー。俺たちはこっちの子を誘ってんだよね。
 ちょーっと自意識過剰なんじゃない?」
「ばっか。そういうのは思ってても言うんじゃねぇよ」

男たちの下卑た笑い声が、響き渡った。
買い物客は自分が巻き込まれることを恐れてか、みな遠巻きに見ている。

「つーわけで、こっちの子は放っておいて、ね?」
「ちょ、何勝手に――」
「はいはい。あんたは大人しくしててね」

男の1人が桃子を押し留め、他の男たちが神無を取り囲む。

「じゃあ、行こうか」
「い、行けません……!」

神無は首を横に振って、男たちの言葉を拒絶した。

(神無の困った顔を見るのは楽しいんだけど、何かムカつくな)

しっくりこない感情に舌打ちする。

「まあまあ、絶対後悔させないから」

男の1人が神無の手を掴もうとして――、俺は一気に駆けると男の手を叩き落とした。

「……っつ」

男は手の平を押さえ、後退する。

「い、いきなり何すんだよ!?」
「俺の女に触るな」

冷ややかな眼差しで、男を一瞥する。

「なっ……」
「これ以上こいつに何かするようなら、容赦しないけど」

俺の言葉に、男たちが一斉に息を呑む。
こんなのを殴って面倒事に巻き込まれるのはごめんだが、どうしてもやりたいのなら、相手をしてやる。
そういう意味を込めて薄く微笑んでやれば、男たちは目配せをし合って、立ち去って行った。

「あ、あの。助けて頂いてありがとうございました。
 でも、どうしてここに……?」

神無の戸惑った表情に、笑みを浮かべる。

「それだ」
「え……?」

問いとはまったく関係ない言葉が返ってきて、神無は目を瞬かせる。
さらに混乱を増した顔に、俺はますます笑みを深めた。

(ああ、そうか……。
 他の誰でもない、【俺の手】で神無を困らせるから、楽しいんだ)

END

©梨沙 / イースト・プレス ©2012 IDEA FACTORY / DESIGN FACTORY