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『過去ヘノ扉』

「仕事中にすまないねぇ」
「いえ、いいんです……よっ、と!」

 『たわら商店』での私の仕事は掃除と御用聞きだ。朝、仕事に来たらまずは掃除を一通り行い、その後は注文を取りにお客様を回っていく。御用聞きは毎日あるわけではないので、ない時は商品の整頓や注文の見直し、それ以外では旦那様に頼まれた仕事をする。
今日は朝から中庭にある、南郷家の家財道具が仕舞われている倉庫で探し物を頼まれたのだが、ある程度荷物を外に出さなければ探せない有様だった。

「ふぅ……これである程度探せるようになったと思います」
「普段から整頓していればいいんだが、倉庫なんて荷物を詰め込むだけだからね」
「ところで何を探せばいいのでしょうか?」
「久史の靴なんだよ。自分で探せとは謂ったんだがねぇ」
「靴?」
「洋服に合わせて履く西洋の草履(ぞうり)だよ。草履、とは違うか。少し前に仕立てたものでね」
「あ、分かります。賢さんが履いているものと同じですよね。となると……」

 靴が入りそうな大きさを手で示して見せた。

「これぐらいの箱を探せばいいんですね?」
「そうだね。木箱に入っていたはずだから探しておいてくれるかい? 私は店に戻るとするよ」
「分かりました!」

 旦那様が去った後は倉庫で靴が入っていそうな木箱を探す。しかしなかなか見付からず、本当に靴の入った木箱があるかどうか怪しくなってきた。木箱ではないかもしれないし、探していた大きさとは異なるかもしれない……そう思い、外に出した荷物をひとつずつ開けて中を確かめていくことにした。

「……ウチの倉庫の前で何やってんだ?」

 そこに学校から戻った久史坊ちゃんが姿を現したので、先程から靴を探していることを告げる。

「オヤジに探せって謂っといたのに、お前に押しつけたのかよ」
「旦那様が探すわけないじゃないですか……」
「そういうことは女中の仕事だな。つまりお前向きの仕事だ」
「私向きかもしれませんけど女中じゃありませんから!」

 久史坊ちゃんには以前から女中、女中もどきと呼ばれている。私の仕事が身の回りの世話をしているように見えるからだろう。実際、米問屋で働いているのに女中のような仕事ばかりをしている。力仕事が出来ないので仕方がない。

「でも私には、一応御用聞きという仕事があるんですけど……あっ!」

 靴が入っているより少し大きな箱を開け、私は思わず声を上げた。

「坊ちゃん、これ……」
「オヤジとお袋の、祝言の時の写真か。へぇ……写真なんて撮っていたんだな」
「女将さん、綺麗……旦那様も若く見えますね」
「そっかぁ? 今と変わらないだろ」

 見付けた箱の中には無造作に入れられた写真があった。見たところ今より数年前に撮ったもののようで、旦那様と女将さんが若く見える。写真なんて私達庶民には高嶺(たかね)の花だ。普通は大事そうに冊子に入れて保存するものと思っていたが……

「雑なんだよなぁ。どんな高価な物でも扱いがこれじゃあな」
「坊ちゃんの写真はないんですか?」
「あるわけないだろ? 俺はあいつらとは違うんだから」

 久史坊ちゃんは色々な理由や説明を端折って喋ることが多い。今もそうだ。たぶんこの倉庫には南郷家の写真や想い出が沢山詰まっているけれど、久史坊ちゃんの物は敢えて少なくしている、と謂いたかったのだろう。出会った頃から家族とは折り合いが悪い人だから。

「それで、靴はあったのか?」
「それがまだ……靴が入った木箱を探していたんですが、なかなか見付からないので他の箱に(まぎ)れて入っているんじゃないかと思っていたんです」
「大きな箱に仕舞ったのかもしれないな……仕舞う時お袋に頼んでおいたんだが、どうせ覚えてないんだろうさ」
「あの、久史坊ちゃんが夜会に参加されるのですか?」
「参加するかどうかは未定だけど、成績最優秀者は秋の夜会に参加出来るって聞いて、それで今から支度しておこうと思ったんだ」

 成績が最優秀かどうか、まだ学校に通い始めたばかりだから分からないはず。それなのに今から支度しているということは相当な自信があるのだろう。それ以上のことは訊ねないようにして、引き続き靴の木箱を探すことにした。

「……これじゃないですか?」

 大きな箱を開けてすぐに靴が入っていそうな大きさの木箱が目に飛び込む。その木箱には“俺の靴”と書かれてあったので間違いないだろう。

「あったあった、これだ! ふー、助かった」
「普通名前を書きません? 俺の、って……これじゃ誰か分かりませんよ。こんな風に書くのは坊ちゃんぐらいでしょうけど……」
「俺のだと分かれば問題ないんだって。後片付け、ちゃんとしておけよ」

 木箱を手に持ち去ろうとした時、壱枚の写真が地面に落ちる。手に取り見てみると、そこには幼い頃の久史坊ちゃんの姿があった。

「うわっ……小さい~! 可愛い! 素直そう!」
「ちょ、ちょっと待て!」

 瞬時に奪われてしまう。久史坊ちゃんの幼き頃の勇姿もとい弱みを握る、絶好の機会を逃してしまった気がした。

「あっ、もうっ……せっかく見付けたのに。小学校の時の写真ですか?」
「い、いいだろ別に……」

 小学校の入学した記念に撮影したものだろうか、幼少の久史坊ちゃんは壱人、むすっとした顔で写っていたが、そのふくれっ面が何とも謂えず可愛らしく見えた。今とは大違いだ。

「久史坊ちゃんでも小さい頃があったんですね。当たり前ですけど」
「お前だってあっただろ?」
「ありましたけど……その頃に坊ちゃんと出会っていたら、どうなっていたやら」
「もし出会っていたらお前はここで働いていないだろうな」
「どうしてですか?」
「一生俺の世話をさせているからさ。じゃあな~」

 ……久史坊ちゃんの世話? 一生? とんでもないと思い頭を振る。考えようによっては結婚して一生奴隷のようにこき使うという意味にも取れないこともない。どちらの(みち)にも苦行の数々が待ち受けていそうだ。
 私は小さく溜息を吐くと、外に出した荷物を片付けることにした。