「ああ、もうこんな時間だ。まずい。
……でも、ごめん。いってきますのキスだけ……させて」
耳元でそっと囁くと、その白い肌がほんのりと赤く染まった。
抱きしめていた身体を離して正面から向き合う。少しだけ恥ずかしそうに目を伏せた彼女の唇に、触れるだけのキスをした。
「……いってらっしゃい」
「……うん」
毎朝繰り返されるやりとり。けれど、いつも初めての経験のようにドキドキする。こうして出かける前の時間、彼女を抱きしめて離れる時間を惜しむのも、触れるだけのキスで愛しさを感じるのも。幾度となく重ねてきた行為なのに、まるで飽きる気がしない。
「どうしよう……離れたくない」
込みあげる想いに任せて、また身体を抱き寄せる。
「……遅刻しちゃうわよ」
「わかってる。……本当にあと、もう少しだけ」
咎めるような声色で囁きながらも、彼女の腕が背中に回り、きゅっと抱きしめ返された。その仕草だけでどんなに愛しさが募るか、彼女は知っているのだろうか。
ずっとこうしていたいけれど、哀しいことに時は止まらない。それでも彼女のことを想いながら今日も一日を過ごして、夜にはまたこの愛しい存在を抱きしめられると思えば――離れている時間も幸せに感じられるのだから、本当に自分はどうしようもない。
「……いってきます」
毎日、毎分、毎秒。幸せは際限なく増えていく。