第6回 ゼクス編

「……結局、特権階級層の事故は単純な事故だったと、そういうことだな」

エルとクーロン、両者からの報告を受け、ゼクスはデスクに肘をついた。

「事故現場は人為的な何かは見られないってことでした。
ストーン・コールド・クレイジーは、単純に穴を利用して上に行こうと、それだけの考えだったようです」
「奴の侵入が早めに発覚して良かったな。ストーンのような悪質な男に特権階級に入られては、どんな被害がでるかわからん」
「ハンターもいないですしね」
「警備員はいるがな」

クーロンの隣で、エルは無言で佇んでいる。こういう時、エルは自分から口を開かない。
クーロンが報告するのだから自分の報告は必要ないと判断しているのだろう。意見を求めるとそこではじめて言葉を発するのが常だった。

「で、ストーンなんすけど、結構重傷だったんで、今頃は――」
「ああ、死んだそうだ」

デスクの上にゼクスは一枚の回状を投げ出した。クーロンがそれを受け取る。

「死んだって、報告あったんすか」
「最下層の埋葬屋からな。埋めたそうだぞ」
「へぇ……どこで死んでたんですかね?」
「それは聞いても答えんだろうな。そういう立場だろう、奴らは」
「ま、そうですけどね。気になるじゃないすか」

夢限界楼では、賞金首及びハンターの死体を発見した場合、基本的にバウンティアに報告することが常識となっている。
だから埋葬屋もこうしてバウンティアに一応の連絡をしてくるが、どこで死んだか、どうやって死んだかは埋葬屋の関知することではない。
それに彼らには彼らなりの守秘義務観念があるらしく、よほど本気で問い詰めない限り余計な情報は漏らさない。

「死体は本人のものと断定できてるんですか」
「とりあえず、CA『エピタフ』が管理会社の方に帰還している。契約を終了したらしい。事実としてはそれで充分だろう」
「へー……じゃ、次の主待ちってことで」
「だな。比較的素直なCAのようだから、すぐに次の持ち主が現れるかもしれんな」
「敵じゃないといいですけどね」

最後まで契約を破棄しなかったCAでも、主が完全に死ねば契約は終了し、契約を終了したCAは、管理会社に帰還する。
そうして、管理会社の倉庫の中で、主となれるだけの実力を持った契約希望者を待つのだ。

「……今まで深く考えてなかったですけど、なんつうか、割とファンタジックな話ですよね、CAってのは」

苦笑いしたクーロンに、ゼクスもまた苦笑した。

「そう言うな。これでも科学の結晶だ。CAの仕組みについて説明して欲しいか?」
「勘弁してください。エルの存在だって俺うまく理解できてねーのに」

エルが首をかしげるようにしてクーロンを見上げた。意外なことを言われたような顔をしている。

「……理解できないのでしたら、オレの取扱説明書を読みますか?」
「えっ、おまえ、取説とかあんの!?」
「あります。確かこの部屋の下から三段目の書棚に入っていたと思うのですが」
「マジで!? 見たい――けどおまえってそういうモンなの……?」
「そういうもん、とは」
「いや、ホラ、取説とかそういうのってなんか変だろ」
「……機械には取扱説明書があるのが普通では。ないと不便ですし」
「そりゃそうだけど、なんだこの違和感……俺がおかしいのか、コレって」
「エルの取説が読みたいのなら後で貸してやるから取りに来い。
言っとくが10センチくらいの厚さがあるぞ」

言いながらゼクスは立ち上がった。今日はこれからネムレスのシステムメンテナンスがある。その作業にはゼクス自身が付き合わねばならない。

「俺は中央電算室に行く。おまえらどうする?」
「あー……すんません、ソードさんに稽古つけてもらう予定があるんで」
「オレは特に優先順位の高い命令は受けていません。あとは待機だけです」
「ならエル、おまえが来い。ネムレスのメンテナンスをおまえも見とけ。
扱い方を知ってるのが俺だけってのも厄介だ」
「わかりました。同行します」

クーロンとエルを従えて部屋を出かけたゼクスは、ふと名前の出なかった残り一人を思い出した。

「そういえば、ノワールは何してる?」
「さぁ……別に何もしてないんじゃないですかね。
今日は駆除もないし、訓練は午前中やってたし、特に趣味もないようだし。
暇つぶしって言えば昼寝ぐらいじゃないすか」
「……それでいいのか、アイツは」

苦笑いを浮かべてゼクスはノワールの顔を思い出した。
暇なときの楽しみ方を知らない少女だ。
恐らくクーロンの言うとおり、本当に部屋で丸くなって眠っているのだろう。

***

「これでメンテナンスは終了です。
デフラグをかけて、不要データは8割をカットしました。過去のデータは吸い出してありますが、ネムレス本体にも圧縮の上保存してあります。
それから、これは物理面ですが、モニターが寿命でした。新しいモニターのバッテリーは……」

技師の話を聞きながら、ゼクスは印刷された賞金首とハンターのデータを読み始めた。
技師の話はエルが聞いているので、ゼクスの興味が移っても技師もそのまま話を続けている。
エルが本当にきちんと説明を聞いているかどうかはわからないが、少なくとも傍目にはこれ以上ないくらい真面目に聞いているように見えるのがエルの便利なところだ。

ゼクスが手にしたデータには、賞金首とハンターの名前、略歴が記されている。
賞金首の人数は常に4000人前後。ハンターもほぼ同人数で、双方の勢力は拮抗しているといえた。

「……やはり戦闘記録の多いCAは強化されてるな。
反面、戦闘回数が多くても主の切り替えが早いCAは、そう伸びることもない、か」

呟いたゼクスは、一人のハンターのデータに目を止めた。

登録コード・ARMEN NOIR
CA・ネロ
ハンターランク・B

ノワールのCA、ネロ自身の戦闘記録はそう多くない。比較的新しいCAの上に癖が強いので、使用できる人間が限られているからだ。
ただ、戦闘記録の少ないネロに、敗北の記録もまたほとんどない。

「……バランスが悪いのは主と同じだな。
アーロンダイト級とまでは言わんが、どこまで伸びるか――」

ゼクスは顎に手を当てて考え込んだ。
ノワールを成長させるためには、今のままでは駄目だ。それは自分だけではなく、バウンティアのハンター全員が気づいている。

***

中央電算室から戻る途中、ゼクスは部屋から出てきたノワールとばったり行きあった。
本当に眠っていたようで、後ろ髪に寝癖がついている。

「起きたか、ノワール」

そう声をかけると、びくっとしてノワールがゼクスを振り向いた。足音で気付いていてもよさそうなものだが、寝起きで油断していたらしい。

「……ゼクス」

呟いた声が固い。ノワールの声に悪意はないが、怯えがある。それに気付かないフリでゼクスはノワールに歩み寄った。

「午前中はソードと訓練していたようだな。
どうだ、多少は勝てるようになったか」
「……」

ノワールは無言で返してくる。一応ノワールの無言にも種類があって、否定的な無言と肯定的な無言があるようだが、今回はどうやら後者のようだった。

「ま、それは無理か。
今はクーロンがソードとやってるらしいぞ。俺は見に行くが、おまえも来るか」

ゼクスの言葉にノワールが戸惑いの表情を浮かべる。無理に誘うことはせず、ゼクスはそのままノワールの隣のを通り過ぎた。

「気が向いたら来い。暇つぶしと勉強になるだろう」

数歩進んだ時に、ためらいがちについてくる足音が響き始めた。ゼクスがいるからといって別の場所に行くほど、はっきりと拒絶されてはいないようだ。
以前からわかっていたことだが、ノワールはどうやらゼクスに怯えてはいても嫌ってはいないらしい。
その矛盾した感情を処理できずに、ノワールは毎回戸惑っている。

「……戸惑うのはこっちも同じなんだがな」
「……え?」

ゼクスの呟きにノワールが聞き返してくる。ゼクスは振り向かずに苦笑した。

「そういう時だけ聞き返すな。それから、寝癖は直してから出てこい」
「……っ」

ノワールが息をのみ、わさわさと必死に髪をかきまぜる音が聞こえた。
が、途中で諦めたのか、その音がしなくなる。
エレベーターに乗り込むために振り返って、ゼクスは笑い出しそうになった。
寝癖を直すことを諦めたらしいノワールは、フードをすっぽり被っていた。ノワール的に充分な身だしなみらしい。

「……おまえな。それは」
「……?」

見上げてくるノワールに言葉が出ず、ゼクスは視線を反らすことで笑いを収めた。ノワールはもうこれでいいだろうと安心した顔でゼクスの後ろについている。
エレベーターのガラスに移った少女は、随分と幼く見えた。

***

――それから、約二年後。

ノワールはゼクスに心を開かないまま、バウンティアを出ることになる。



END



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