第4回 エル編 Aクラスハンター、アズライト・エル・マリオネイションはあまり名の知られていないハンターだ。 だがしかし、エルの名を知る者は非常に少ない。 エルの駆除が相手の活動停止、すなわち殺害が目的であり、エルの目撃者が残らないため。 「……でもさぁ、いくら隠してるつってもそんだけ派手な見た目してりゃあ意味なくねーか? 誰の趣味だよ、ソレ」 ぶつぶつ言いながら隣を歩く男、アルバトロス・クーロン・アイズに、エルは無言で返した。 「それで諜報活動って言われてもな。ぶっちゃけ困るっつうの。 そう言うクーロン自身も、決して人ごみに溶け込めるような外見ではない。派手な赤と黄のモヒカンにサングラスの長身は、暴力的な雰囲気で周囲を威圧する。 「おまえの付き添いなら俺よりノワールの方がまだマシだろ。 エル自身は特に何の感慨も抱かないが、クーロンにとって特権階級は非常に居づらい場所のようだ。 「……で、この先か? 犯行現場は」 カットスロート・リッパー・スナッパーは、現在最もバウンティアが注視する賞金首だ。 「……でもこれ多分ヤツの犯行じゃねえよな」 沈黙の後、ぼそぼそとクーロンが呟いた。 「スナッパーの仕業だったらもうとっくに凶行は終わってるはずだ。事故の直後に特権階級の人間に死人が出てなきゃおかしいだろ。 エルが言いかけて言葉を止める。一瞬遅れてクーロンが斜め前方の高層ビルに視線を向けた。 「不自然な破壊音がしました」 言い終わると同時に二人で駆け出した。クーロンはまっすぐに不審な音がした建物へ走りこんでいく。中から遠く悲鳴が聞こえた。 *** 乱れ気味な足音を追って、エルはビルの裏口から伸びる路地を走る。 と、唐突に前方が開けた。路地が終わり大通りに抜けようとしている。通りに出られると厄介だ。エルは一気にカタをつけることにした。 「――踊れ、アンドロマリウス」 一瞬の間をおいて、天から煌めく糸が下りてくる。 『ッ……!』 すぐ前方で息をのむかすかが音がした。それも当然で、アンドロマリウスは既に蜘蛛の巣のようにビルの間に張り巡らされている。 「貴方はスナッパーではありませんね」 ようやく男の後ろ姿を視界におさめ、エルはそう問いかけた。 「……ハンターに出会うとは思っていなかったんですけどねぇ。 肩を竦めながら男が呟き、くるりとエルの方を向き直った。 「そのCAは『エピタフ』ですね。 面白くもなさそうに言ってストーンは笑顔を作る。 「せっかく特権階級へ穴が開いたので、ちょっと悪戯してみようと思ったのが間違いでした」 エルはわずかに腕を上げる。アンドロマリウスが引き絞られる音が空気を震わせた。 「……ここで戦いますか、ハンター君」 片手を上げてポーズを付けたストーンは、突然エルに向かって疾走した。 「――アンドロマリウス」 その動きは読んでいたのか、エルの指先が招くように動いた。 「っ……!」 風を切る音で攻撃を察したのか、ストーンがかろうじて身をかわした。だが完全にはかわしきれず、アンドロマリウスはストーンの脇をえぐる。 「エピタフ!」 短く叫んで盾を前に押し出す。面での打撃を狙った攻撃に、エルはアンドロマリウスを引き戻し、眼前で蜘蛛の巣のように展開する。 「――はァッ……!」 振り下ろされた黒い盾にアンドロマリウスが一瞬たわむ。それをバネに、ストーンはエルの頭上を飛び越えた。激しい動きにストーンの脇腹から大量の血液が溢れ、エルに上に落ちかかる。 「上……!?」 ストーンの体重とついていた加速分、アンドロマリウスに引きずられてエルは地に片膝をつく。 さすがに意表を突かれ、エルは背後を振り返る。最後の力を振り絞ったのか、血の跡を残しつつもストーンは路地の奥へと消えていく。 「エル!」 入れ替わりに走ってきたのはクーロンだった。エルの前にたどり着き、ぎょっとして足を止める。 「なんだその血……ペンキ? なわけねーか。あの盾野郎の返り血か」 珍しく消極的に言って、クーロンは自分の肩にCA、オロチを乗せた。オロチはシンプルな棍の形状のCAで、クーロンは随分と気に入っているらしい。 「俺も骨の1・2本折ってやったし、そんだけ大量出血してんならすぐに死ぬ。 召喚終了したオロチがクーロンの手から消えていく。歩き出したクーロンについてエルも無言で後を追った。 *** 「エル、クーロン」 バウンティアに戻ると、出迎えてくれたのはノワールだった。 「おー、おまえが寝てる間に特権階級行ってきたぜ。 ノワールは相槌を打つ代わりに、クーロンの顔を見返した。クーロンは面倒くさそうに息を吐く。 「ったく社長も鬼だよなァ……特権階級とか俺は性に合わねえっての。 クーロンはさっさとエレベーターに乗り込んで去っていく。首を傾げたノワールは、不思議そうにエルを見返した。 「……におい?」 近づこうとするノワールをエルは首を振って制した。 「賞金首の返り血を頭から浴びました。 ノワールはエルをじっと見つめた。話の先を促されているのだと気づいて、エルは言葉を続ける。 「……地面についたので、膝を少し。ですが、本当に大したことはないのです」 ノワールはその場に腰を落とし、エルの膝を見つめる。 「……膝が少し切れてる。痛くはないの?」 ノワールはその場でエルを見上げてくる。視線が合って、エルは思わず目をそらしそうになった。 「エル、行こう。先に調整でいいんだね」 ノワールは立ち上がり、エレベーターを開けて乗り込んだ。エルが入るのを待ってドアを閉める。エレベーターはゆっくりと上がっていく。 「……貴女も昨夜は駆除だったと聞きましたが、休養は取れましたか、ノワール」 長い長いエレベーターが上がっていく間、エルはノワールに問いかける。ノワールはわずかにうなずいた。 「こっちは、そう難しい敵じゃなかったから……。 捕獲という言葉を聞いて、エルは不意に昼の戦いを思い出した。 捕獲するノワール。殺害するエル。 だが、それは大したことではない。疑問とも呼べない疑問だ。機械の自分が造られた理由を考えること自体が、そもそもおかしいのだから。 「……そういえば、最近はエルと駆除に行ってないな」 もしも、殺すためではなく、誰かを守るために戦うことができるのなら。 「貴女もAクラスに届く実力を持ったハンターなのですから、もうオレのサポートなどは不要でしょう」 エルを見上げながらノワールが言った。エルはまた戸惑う。 「迷惑ではありません。そう言ってもらえるのはオレも嬉しい。 微笑を浮かべてそう返すと、それは正しい対応だったようだ。 「行こう、エル」 エレベーターが到着してしまったことを、エルは少しだけ残念に感じた。 *** 最下層。999街区。 「そこで寝ているのは、誰かな?」 外出から戻ってきた医師の足元に、自らの血だまりの中であえぐ男がいた。 「……あぁ、怪我をしているね。入りなさい」 その男を穏やかに見下ろして、医師は診療所のドアを押しあけた。 「――と、しまった」 通用口をしめながら、思い出したように医師・クリムソンは顔をしかめた。 「……そろそろ診察終了時間だった。またシャンタオに怒られるかな」 ファームの扉が閉まり、元通りの沈黙がその場に落ちた。 END ©2010 IDEA FACTORY/DESIGN FACTORY |