狐春・天編
前日譚Short Story【新たな人生】
「幸麿。メシが出来たぞ」
「ふおおおお! 今日はハンバーグというやつじゃな!」

幸麿の家に世話になって、1年以上。
一族に絶縁され、追放となった俺は幸麿の家に身をよせながら人の世で働いている。
だが、この生活もそろそろ終いだ。

「食う前に、話す事がある」

真剣な表情でそう告げると、幸麿が口から流れ出るよだれを拭う。
俺たちは机をはさんで腰を下ろし、視線を交わす。

「引っ越し先が決まった。もちろん成海ヶ浜だ」

幸麿の瞳に悲しみの色が宿るが、すぐにいつもの笑みを浮かべて、

「……そうか。ようやく、お主の“人生”が始まるのだな」
「ああ。今まで本当に世話になった。心から感謝している」
「ふふっ。良いのじゃ良いのじゃ♪ お主との生活は楽しかったからのう」
「ふっ。それは俺もだぜ。意外にも楽しく暮らせた」
「むう! 意外とはなんじゃ!」
「ははっ、冗談だ。それじゃ、話は終わりだ。冷める前に食おうぜ」
「うむ♪ いっただっき――」

その時、庭から声がかかる。

「兄様。いらっしゃいますか」

……狐ノ依丸か。
俺が立ち上がると、幸麿が涙目でこちらに訴えかけてくる。

「先に食ってていいぞ。あ、俺の分は食うなよ?」
「わーい! ではそうさせてもらうのだ!」

――幸麿を残し、俺は狐ノ依丸がいる庭へ向かった。

「この度、正式に成海ヶ浜のこっくり役を仰せつかりました」
「そうか。おめでとうって言っていいんだよな?」
「ええ。まあ、不安はありますが……」
「お前ならやれる。だから自信を持て」
「……あの、今後もここへ……」

狐ノ依丸の言葉が途切れ、消えていく。

「何でもありません。それでは、これで」
「ああ」

飛び去っていく狐ノ依丸を見送り、その背に心の中で声をかける。
……すまねえな。頑張れよ、狐ノ依丸。
空を見上げ、そこにあいつとの“人生”を描く。
胸に仕舞いこんでいる“憂い”を抱えながら……。