幸麿・天編
前日譚Short Story【使役する者とされる者】
「ぬう……」

彼女のアルバイト先、その外で我は彼女の様子を見つめていた。
あくまでもこっそりと、バレないように。
……また、ため息をついておるな。
最近の彼女は、我の見えないところで物憂げな表情を浮かべる事がある。
その原因は……――

「お前、恋人からストーカーになったのかよ……」

声に振り返ると、呆れ顔の狐春がおった。

「失礼な事を言うでない! 我は桃嘉殿のような事はしないのじゃ!」
「むう。ストーカーのどこが悪いんですか!」

お、おお……桃嘉殿もおったとは……。

「いや、ストーカーするのは悪い事だろ。犯罪だぞ」
「そ、それは人間がする場合です! 神はいいんです!」
「はあ……そうかよ。それで、幸麿。お前こそこそ何やってたんだ? 一昨日も同じ事してただろ」
「一昨日だけじゃないですよ~。ここ最近ずーっと彼女を影から見つめてるです」

こ、こやつら……我のストーカーか? いや、今はそれよりも……。

「み、見守っておるというだけじゃ! 彼女は我の主様ゆえ!」
「……“主”、ですか」
「お前、使役する者とされる者っていう関係でいいのか?」

今の我は、妖として存在しておる。あくまでも彼女の妖として……。
だが、我もこのままでいいとは思っていない。

「ゆくゆくは人として姓を授かり、この現世で働く」

真剣な瞳を2人に向け、堂々とそう宣言する。
狐春は安心したように笑みを浮かべ、それは桃嘉殿も同じであった。

「それなら、手を貸すぜ。人の世で暮らしてる妖を調べてやる」
「おお! 助かるのじゃ! さすが親友~♪」
「く、腐れ縁だ! ってか、くっつくな!」

我と狐春がじゃれつく中、桃嘉殿が呟くように言う。

「……あなたと彼女の未来のために、私も友人として力になりましょう」

……桃嘉殿?
温かい言葉の中に不穏なものを感じて、胸騒ぎを覚える。
これから何が起きるのか……。いや、何であっても立ち向かうだけじゃ。
愛しい者と幸福な未来を歩むために――。