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花蒔イチコ「イタッ」
ふいに痛みを感じると、そこは大学の食堂だった。
迦具土ヒノ「なにボーッとしてんだよ、こんなとこで」
迦具土ヒノ「デコピンされるまで、意識のない人形みたいだったぜ?」
そう言って彼は笑った。
少し気遣うような、優しい笑い方。
私を白昼夢から呼び戻してくれた彼は、学科の同級生、迦具土かぐつちヒノ。
私が小学校の時に転校してきて、同じ中学、高校と通い、毎年じゃないけど、偶然同じクラスにもなった。
そして今、通う大学も一緒。これも偶然。
迦具土ヒノ「もしかして、おまえ、ひとりか?」
ヒノは私の返事を待つことなく椅子を引くと、どかっと背もたれに体を預けた。

甘梨イソラ「君たち、今日ここに泊まるお客さん?」
花蒔イチコ「あ、はい。そうなんですけど……」
甘梨イソラ「僕、このホテルに併設されてる『風厘カフェ』で働いてるんだ。
よかったら、これどうぞ!」
そう言って、そのコック姿の青年は私とヒノに1枚ずつチラシを手渡した。
花蒔イチコ「……スイーツ試食会?」
甘梨イソラ「そうそう、カフェで販売する新作スイーツの試食会を開くんだよ。
参加費はもちろん要らない、ドリンクもサービス!」
迦具土ヒノ「料理も作って、ビラ配りも自分でやってるのか?」
甘梨イソラ「あーっ! いいところに気づいてくれた!
そうなんだよ……聞いてくれる?」
甘梨イソラ「人が足りないどころか、『いない』って言っていい。
だって……僕しかいないんだよ!?」
甘梨イソラ「このホテルのオーナーは、ほんっっっとにひどくてさ。
今は僕ひとりでカフェを切り盛りしてるんだから」
迦具土ヒノ「ありえねー。そのオーナー、マジひでーな」

迦具土ヒノ「……なんでネコに囲まれてるんだ?」
迦具土ヒノ「ああ、エサが散らばってるな。
これに寄って来てるのか。ほら、あっちに行けって」
花蒔イチコ「やめなよ、かわいそうだよ」
迦具土ヒノ「だってこいつ、ネコに埋もれてるんだぜ?
放っておくわけにもいかないだろ」
花蒔イチコ「でも、ほっぺた舐めてる……ちょっと可愛い」
迦具土ヒノ「そういう問題か?」
ガバッ!
花蒔イチコ「起きた!」
櫛奈雫トア「……」
迦具土ヒノ「おい、まだネコがおまえの足をしつこくなめてるぞ?
ほら、あっちに行けって──」
櫛奈雫トア「あ、いいよ、いいよ。ネコは好きなんだ」
櫛奈雫トア「ぼく、昔からネコには好かれやすいみたい。
今も一緒に遊んでたんだけど……」

目を開けると、私は知らない男の人に抱きかかえられていた。
建比良ソウスケ「何の本を探してるんだ?」
花蒔イチコ「え? あ、あの……」
彼は端正な顔をしていた。
その瞳が私をジッと見つめている。
恥ずかしくなって、私は思わず俯いてしまった。
建比良ソウスケ「教えてくれれば取るけど」
花蒔イチコ「あ、えっと……すみません。
『奥音里町歩き手帖』って……」
建比良ソウスケ「顔が赤い。もしかして熱でもあるのか?」
更に顔が近づく。
見知らぬ男の人に抱きかかえられ、熱が出ているかまで確認され──。
花蒔イチコ(近い……! 近いよ……!!)
そのせいで顔は更に赤くなる……。
建比良ソウスケ「熱は……なさそうだな」

花蒔イチコ「あ、あの……」
叢雲ユヅキ「そこに座れ」
花蒔イチコ「えッ?」
叢雲ユヅキ「座れと言ったんだ」
そう言うと、オーナーは花を挟んで置いてある座布団をアゴで指した。
花蒔イチコ「あ、は、はい……」
私は訳もわからず、とりあえず座布団に鎮座した。
もちろん、正座で……。

それから彼は黙り込み、ひとり目の前の花へと集中した。
私はただそれをじっと見ているだけだった。

ただ見ているだけだったが、なかなか面白い発見もあった。
花蒔イチコ(オーナーの指、細くて綺麗……)
彼のしなやかな指が葉に花びらに触れるたび、その繊細な動きに見とれてしまう。
手慣れた仕草で次々と花を挿すと、その形は徐々に変わっていった。
花蒔イチコ「誰に教わったんだろう……あ」
声に出しているのに気づいて、慌てて口を押える。
でも、これもすでに遅かった。

険しい顔つきで、オーナーがこちらを見る。
叢雲ユヅキ「思ったことを無意識に口にしているとは、まるでガキだな、おまえは」
花蒔イチコ「すみません……」

甘梨イソラ「ねえ、ソーセージ足りてる? まだ残ってるから、足りなかったら言ってね」
迦具土ヒノ「おい、そこの肉、俺が育ててたんだけど! 誰だよ、焦げ肉処理してる間に取ったやつ?」
比良坂ユキ「右側の火力が弱そうです。その一角だけ、肉が全然焼けてない。
鉄板に均等に火がまわってない証拠です」
櫛奈雫トア「あ、あの、焼きそば用の玉ねぎ、洗おうとして川に流しちゃったんだけど、少なくても大丈夫だよね?」
花蒔イチコ「あ、あの、みんな、ちょっと話を聞いて――」
甘梨イソラ「あちちちちッ! 誰!? 炭こんなに入れたの!? 火力強すぎ!」
建比良ソウスケ「ああっ、もう! なんて焼き方してんだ。
バーベキュー、やったことないのか? もういい、トング貸せ」
比良坂ユキ「だから言ったんです、お肉いっぺんに焼き過ぎなんですよ。
さっきから肉を焦がしてばっかりじゃないですか」
迦具土ヒノ「別に構わないだろ、焦げたやつは俺が全部処理してるんだから」
櫛奈雫トア「あの……焦げばっかり食べてるとガン細胞が増えるって言いますよ」
建比良ソウスケ「ああもう、うるさい!」

花蒔イチコ「気持ちいい……」
迦具土ヒノ「だろ? そんなに深くないし、これならおまえでも──」
花蒔イチコ「きゃっ……!」
私が足を滑らせると、ヒノがそっと私の体を支えてくれた。
迦具土ヒノ「……おまえでも大丈夫って言いかけたんだけど、そうでもないみたいだな」
花蒔イチコ「あ、ありがと……」
ヒノの両腕が、私の体をそっと包み込む。
花蒔イチコ(あ……)
迦具土ヒノ「ほら、上を見てみろよ」
花蒔イチコ「え? ……うわあ!」
そこには、プラネタリウムのような星空が視界いっぱいに広がっていた。
花蒔イチコ「きれい……」
ヒノの腕の中、私は水に浮かびながら、その満天の星空を見上げる。

甘梨イソラ「そんなに硬くならないで。注文を取ってもらえれば、それでいいから」
花蒔イチコ「う、うん」
メニューにはひと通り目を通していたので注文を取ることはさほど問題なかった。
イソラくんの料理が出来上がると、私がお客さんのいるテーブルへ運ぶ。
食べ終わって席を立てば、それらを片付ける。
満席というわけではなかったが、フロアでの作業が意外と多いことに、私は驚いていた。
花蒔イチコ(これをひとりで回してたなんて、イソラくんてやっぱりすごい!)
ふと厨房を見ると、イソラくんが真剣な顔でデザートを盛り付けていた。
私の視線に気づき、優しい笑みを見せる。
甘梨イソラ「すごいよ、こんなに助かるとは思わなかったな。
バイト代、ケーキだけじゃ申し訳ないくらいだ」
そう言って、私にウインクを投げる。
イソラくんは、私を褒めるのも忘れなかった。
花蒔イチコ(よしっ、もっと頑張って、イソラくんを助けなきゃ!)
甘梨イソラ「ねえ、イチコちゃん。なんか僕たち……。夫婦でお店を切り盛りしてるみたいじゃない?」
花蒔イチコ「えっ!?」

櫛奈雫トア「め、メガネ……。メガネ落としちゃった」
花蒔イチコ「ぶつかった時に……。ごめんね、私も探すよ」
櫛奈雫トア「あ、いいから──」
花蒔イチコ「暗いから、電気つけてくるね。ええと、スイッチは……」
櫛奈雫トア「あ、や、やめて!」
トアくんがこちらを振り返り、手探りで私の手首をつかむ。
その時、月の光がトアくんの横顔を照らし出した。
花蒔イチコ「……!!」
私の数センチ先にあるその顔は、いつもの度の強いメガネ越しに見るものとは違っていた。
花蒔イチコ「え……?」
テレビや雑誌の中でしか目にしたことのない、でも、とても見覚えのある端正な顔が、そこにはあった。
花蒔イチコ(う、嘘……!?)
甘いふたつの瞳が、私を見つめている。
花蒔イチコ「あなた……」

建比良ソウスケ「隠れるぞ。こっちだ」
花蒔イチコ「え、えっ!?」
ソウスケさんに手を引かれるまま、境内の裏へと身を隠す。
社の扉に手をかけると、キィと小さく軋んで開いた。
私たちはその中へと体を滑り込ませる。
扉を閉めると、辺り一面に闇が広がった。
奥手の扉から、微かに光が差し込んでいる。
ソウスケさんは、私を抱え込むようにしてそこに座ると、その狭い隙間から外の様子をうかがった。
整った面差しがすぐ間近に迫り、私の心臓はトクンと音を立てる。
花蒔イチコ(ソウスケさん、近い……)
建比良ソウスケ「……」
ソウスケさんは特に気にすることもなく、外の様子をじっと見守っていた。
彼の吐息が微かに耳にかかる。
くすぐったさとは別の何かが私の身体を痺れさせていく。
花蒔イチコ「あ……」
長い指とあたたかな掌の感触、触れている背中、そして──。
そして、私の腰へと回された大きな手。
意識しているのが恥ずかしくて少しだけ身じろぐと、咎めるように体を抱き寄せられた。
建比良ソウスケ「静かに……誰か来た」
耳元で囁かれ、再び緊張が走る。

ふっとあの爽やかで甘い香りに包まれる。
気がつくと私は、ユヅキさんの腕の中にいた。
花蒔イチコ「ユヅキさん……」
叢雲ユヅキ「ん……」
ぎゅっと抱きしめられた腕に力が込められて、私はさらに抱き寄せられる。
とろけそうなくらい甘い声が耳をくすぐってくる。
ユヅキさんてこんな声も出せるんだ、と私は心の中でつぶやいていた。
花蒔イチコ「ユヅキさん……ユヅキさんのせいですからね」
叢雲ユヅキ「……ん?」

ヒノの瞳を見つめていると、その前髪から私の頬にぽたりと雫が落ちてきた。
迦具土ヒノ「イチコ……」
小さく、ヒノの唇が動いた。
それが、何だか心を波立たせる。
花蒔イチコ「ち、近いよ……ヒノ……」
迦具土ヒノ「で、でも、このままでいるわけにもいかねーよな。……動くぞ?」
花蒔イチコ「う、うん……」
迦具土ヒノ「…………あ、あのさ。なんかなっても、怒るんじゃねえぞ?」
花蒔イチコ「なんかなっても、って……」
迦具土ヒノ「いくぞ──」
ヒノが大きく深呼吸をする。
その顔が少しずつ、私に近づいてくる。
吐息が私の頬にかかった。
花蒔イチコ「ヒノ……」
ヒノの濡れた唇が、少し開く。

甘梨イソラ「じゃあ、この前の話の続きでもしようか。ほら、奥音里七不思議」
迦具土ヒノ「お、イソラ。何か新しい話でも仕入れて来たか?」
甘梨イソラ「えへへ、そうなんだよ。
今朝、買い出しに行った果物屋のおじさんから聞いてきた話なんだけどさ。
この町では時々、狐火が目撃されるらしいんだ」
須沙野ユア「あーそれ、私も聞いたことあるかも」
月読カグラ「へえ、面白そうな話だね。続けて!」
甘梨イソラ「夏の山火事にも似てるみたいなんだけど、梅雨明けによく見られるらしくてね。
時折ふと遠くの山を見ると、キラキラと舞うようにかがり火が見えることがあるんだって」
甘梨イソラ「原因が全くわからないそうで、それを町の人は、奥音のかがり火、って呼んでるらしいんだ」

A-TO「イチコちゃん……」
形のいい唇が動き、私の名前が呼ばれる。
ただそれだけなのに……。

聞き慣れたその甘い声で囁かれると、まわりに聞こえてしまうのではないかと思う程、私の胸は高鳴ってしまう。
気がつくと端正な顔がすぐそばにあった。ふわりと優しい温もりに包まれる。
私はその腕の中に抱きしめられていた。

甘くとろけそうな視線、緩やかにカーブする輪郭、優しげに震える唇……。
ふたつの腕が私を抱き寄せ、身体がぴたりとくっつく。
爽やかな柑橘系の香りに、景色が華やいで見える。
鼓動が早鐘のように打ち響き、止まらなかった。
花蒔イチコ(これは……夢? じゃないよね……?)
私はそっと体を預け、目を閉じた。

世界には今、私たちしかいないみたい──。

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