看花出游 〜ひとときの春風〜


三蔵法師一行の朝――特に野宿の際は、飽きもせず同じ光景が繰り広げられる。

日の出と共に起床し、火を起こす準備と朝食の献立を考えるのは9割が悟浄の仕事だ。
すぐにそれに倣い、玄奘も起き出すのが常だった。互いに協力し合いながら、着々と準備を整える。

玉龍はいつの間にか起きている時もあれば、その場にいないことも多い。
おそらく近くにある泉にでも行っているのだろう。

しばらくして八戒が起き出し、いそいそと旅荷の準備を始める。
自身の事で手一杯に見えがちだが、朝食の準備を悟浄や玄奘に任せる代わり、
全員の旅荷を整えたり出発の準備を終えておくのが彼の仕事だ。
――大体が、髪型の手入れや謎のしっぽ漁りで脱線するが。それを悟浄に咎められることも日常茶飯事だった。

悟空は、寝ている。

朝食の良い匂いが漂い始める頃には、明るい朝日が辺りをすっかり照らしていた。
どこからか果物を調達してきた玉龍と、旅荷の整理が終わったらしい八戒。
皆で雑談混じりに朝食を始めようとする頃に、悟空は。


やはりまだ、寝ている。


「…………悟空。いい加減に起きなさい」

ゆさゆさと身体を揺らしてみるが、反応なし。

「返事なし。ま、悟空のコトだから朝食いらねーから寝かせろって言うだろ」
「いけません。朝からきちんと栄養を摂らないから、すぐに貧血で倒れるのですよ。悟空」
「やはり返事なし……か。おい悟空。玉龍がお前の好きそうな果物を取って来てくれたぞ」
「悟浄……それ、お師匠様のために取ってきたやつ……」

玉龍の低い声色に、慌てて悟浄が口を噤む。
玄奘はちいさくため息をついた。

「悟空! いつかは起きなければならないのです。低血圧なのはわかりますが、朝食は一緒にとりましょう」
「んー……ん、ぁー……」

唸り声が聞こえる。どうやら少しは意識を得たようだ。
めげずに声をかけ続ければ、悟空の瞼がゆっくりと開かれた。
不機嫌な色を灯した瞳と、低い声色が玄奘に向かう。

「春眠暁を覚えず、って言うだろ……」
「それは意味が違います。春だからといって寝坊して良い理由にはなりません」
「いいんだよ……春はそーいう季節なんだ」

確かに今日は、冬から春に映ろう様がわかりやすく、気持ちの良い気温だ。
柔らかく吹く春風は頬を撫で、優しい陽射しが煌々と周囲を輝かせている。
こんな良い天気の日は、もう少し眠りたい。そう思っても仕方がない。

「お師匠様。最近、温かくなってきたから。悟空、水に濡れても大丈夫だよね?」

と、玉龍が突然そんな言葉を口にした。
そしてその瞬間に、かっと悟空の瞳が見開かれ、がばりと身体を起き上がらせる。

「待て、いやだ。こんないー天気だっつーのに、朝からびしょ濡れになりたくねえ」
「だって、起きられないっていうから」
「……起きたっつーの。これでいいんだろ」
「うん」

悟空の反応に、玉龍は満足したように頷く。
何事もなかったような彼の態度に、悟空は舌打ちをした。
少し前だったら問答無用で流されていたはずだが、こういうところも慣れてきやがった。と。

悟空が起きるまでを見守っていた他三人は、大惨事にならなかったことに安堵のため息をついた。
全員で無事に朝食を摂るためとはいえ、今ここで水術を使われたら結局朝食が台無しだ。


「それでは、頂きましょうか」


冷めないうちに、と。
朝食を囲んで、三蔵法師一行の一日が始まった。



 *   *   *



「お師匠様。これ」
「玉龍? あら、これは……」

朝食を終えて、一息ついたあと。
出発前に各々が休憩時間を過ごしていると、玉龍がそろりと玄奘の傍に寄った。

彼の手には、薄紅色の花。
小さな花弁が可愛らしく、玉龍が持っているのは花片でなく綺麗に形を保った花をいくつか携えた木の枝だ。

「桃の花ですね。どうしたのですか?」
「あっちに、たくさん咲いてた。これ、枝が途中から折れたみたい。落ちてたんだ」
「そうなのですか……可哀想ですね」
「……うん。でも、綺麗だから。お師匠様に見せたら、喜ぶかと思って」
「……ありがとう、玉龍。桃の花はとても好きなので、嬉しいですよ」
「よかった」

ふわりと笑う玉龍に、玄奘もつられて微笑を零す。
旅の間に多彩になった玉龍の感情変化は、目を瞠るほどに鮮やかで綺麗だ。
まるで自然の移ろいのように、心を奪われる。

「玄奘様。準備が整いました。……って、桃の花ですか? 立派な枝ですね」
「玉龍が持ってきてくれたのです。枝が折れて落ちていたみたいで」
「そうですか……そういえば、そろそろ上巳の節句ですね」
「? ……じょうしのせっく?」

ふと、悟浄の言葉に玉龍が反応する。聞き覚えのない単語に興味を示したようだ。
これも旅の当初では考えられなかったこと。
玉龍が玄奘以外の言葉に反応すること自体が、この旅の平穏を表していると言っても過言ではなかった。

「そういえば、もう桃始華ですか。早いものですね」

玄奘が続けた言葉に、玉龍はますます首を傾げる。
それに気付いた悟空が、相変わらず気だるげにつけたした。

「あれだろ、桃の節句のことだ」
「桃……?」
「もっとわかんねーって顔してるぜ、玉龍。
っつっても、オレもよくわかんねー。上巳の節句とか桃ってナニ?」

相も変わらずバラバラな意見に、玄奘と悟浄は自然と顔を見合わせ、苦笑した。
そういえばこの面子だと、普通の人間にとって当たり前の年間行事にも縁がないのだ。

玉龍は言わずもがな。
八戒は出身地がかなり異なるようで、日常生活で感じたことはないがこういった行事の話となると少し噛み合わない。
悟空はいちばん認識が近しいが、それでも仙人としての知識が混ざるので玄奘や悟浄のような一般庶民とは趣が異なる。

悟浄と玄奘が玉龍に向き直って、説明を始めた。
こういったことも日常茶飯事だ。玉龍の教育係は、日によって違うのだけれど。

「上巳の節句というのは、三月最初の巳の日に行う行事のことだ」
「なに、するの?」
「水辺で禊(みそぎ)をするのですよ。穢れをはらい、また一年間災厄がないようお祈りをする行事です」
「……ふーん。お師匠様、それって楽しい?」
「ええと、そうですね……。
本来楽しむ目的はないと思いますが、禊のあとは宴で桃のお酒などを嗜む風習がありますし。
宴と考えると、楽しいものかもしれません」
「おっ、いいなー! 酒盛りの行事ってコトかー。趣味いーじゃん」
「八戒。禊の行事だと言っただろう。酒を飲むことが目的ではないんだぞ」
「かったいこと言うなって。飲めりゃなんでもいーだろ!」
「あー、うるせえ……節句がどうたら。なんだってんだ」

仲間達の意見はそれぞれ異なるが、まあ確かに旅には関係のない事柄だ。
こういった行事は家族が年間の決まりごととして行うもの。
旅の成功を祈る意味では間違ってはいないだろうが、基本的にそういったものに頼らない面子なので尚更だった。

「相変わらず、統一性のない反応ですね……」
「……あの、玄奘様」
「はい。あ、もうそろそろ出発しましょうか」
「いえ。出発前の提案で申し訳ないのですが……」
「? どうしました? 悟浄」

言いにくそうにわずか口ごもる悟浄を見て、玄奘は首を傾げる。
なにかを決意するように顔を上げると、悟浄が口を開いた。

「花見でも、しませんか」
「…………はい?」

真面目な悟浄の口から出た言葉に、玄奘はしばし目を丸くした。
騒ぎたいからという理由で八戒、休みたいからという理由で悟空あたりが提案するならまだしも。
これから出発しようという朝から【花見をしよう】という言葉が悟浄から紡がれるとは。

「ええと、ですが」
「ああ、いいんじゃねえか? たまには。花のひとつやふたつ、愛でたってバチは当たらねえだろ」
「悟空……あなたは休みたいだけですよね?」
「失礼な奴だな。雅なオレの心を疑うのかよ」
「とりあえず、突っ込まないでおいておきます」
「おい」
「オレも悟浄と悟空にさんせーい。ここんとこ全然遊んでねーし。今日くらい出発遅らせたっていいんじゃね?」
「八戒まで……。というか、あなたもお酒が飲みたいだけでは」
「ひどっ! 姫さんそれはひどいぜ!?」
「え、いえ、先ほどもそう言っていたので……」

なにやら皆、花見がしたくて仕方ないようだ。
実はここ最近、旅の行程はあまり順調とは言えなかった。
仲間達の結束は固いし、雰囲気も悪くはない。
ただ機会の悪さの問題で、人助けが上手くいかなかったり、ある場所で長く足止めを食らったり。

(大きな原因がないだけに、困っていたのですよね……)

遅れを取り戻すために休憩も少なく、娯楽からも一時的に離れるような暗黙の雰囲気があった。
彼らも疲れがたまっているのだろう。自分も少し花を愛でるくらいの時間、無駄に急ごうとも思わない。
玄奘はしばし思案したあと、顔を上げる。

「玉龍は、お花見に興味がありますか?」
「うん。お師匠様がいいなら」
「わかりました。……そうですね。せっかくの良い気候ですし、寄り道していくのもいいかもしれません」
「よし、そうとなったら早いとこその場所行って落ち着こうぜ。俺も酒が飲みたい」
「やったー! 酒飲みながら花を愛でるってか。風流だなー」
「……八戒。お前が言うと風流という言葉が違って聞こえるな。主に、台無しだ」
「悟浄には言われたくねーっての。あんたみたいにカタイのが風流を語れるワケねーだろ」

さっくりと花見決行が確定し、仲間達は早くもその話題で盛り上がり始めた。

(…………?)

わずかな違和感を覚え、玄奘は首を傾げる。
確かに寄り道や脱線が標準装備な仲間達だが、こうも一致団結して【花見】に興味を示すとは思わなかった。
やはり最近の疲れや鬱憤が溜まっているのだろうか。少し申し訳なく思って、わずかに目を伏せる。

「お師匠様。どうしたの?」

つと、玉龍に袖を引かれた。

「玉龍。……いえ、なんでもありませんよ。ええと、桃の花が咲いているところまで案内してくれますか?」
「うん。あっちのほう。近くに泉もあったよ」
「悟空たちは……って、もう向かっていますね。場所、わかるのでしょうか」
「……さあ」
「仕方がないですね。追いかけましょう」
「うん。……あ、お師匠様」
「はい?」
「お師匠様は……お花見、嬉しい?」
「え? ……ええ、そうですね。花は好きですし、嬉しいです」
「そっか、良かった。悟空たちの案で、ちゃんとお師匠様に喜んでもらえるかなって」
「…………どういうことですか?」



 *   *   *



「綺麗……」
「これは……美しい。まるで本当に桃源郷のようですね」

玉龍の案内で玄奘たちが辿りついた場所は、まさに絶景だった。
色鮮やかに香る、一面の桃の木。まだ五分咲き程度ではあるが、つぼみも交えたそれらは尚更美しい。
近くには清廉な泉が湧き出ていて、水と混じった桃の香りが爽やかに鼻腔を抜ける。

穏やかな春の光に照らされたその場所に魅入られ、玄奘と悟浄はしばし言葉も忘れて佇んでいた。


「酒♪ 酒〜♪ よし、今日は特別にコレを開けてやろうじゃねーの!」
「あー……疲れた。おい、八戒。またしっぽから変なモン取り出し……って、それ。桃の酒か?」
「さすが悟空。目ざといなー。秘蔵なんだぜ? ま、こういう時でもないと開けねーからな。飲ませてやっか」
「そりゃいいな。お前にしては気前いいじゃねえか」
「……ねえ、悟空。桃の葉っぱって、食べられるの?」
「ん? いや、薬として使えねえこともないが……おい玉龍。そんまま口に放り込むのはやめとけ」
「……あんまり美味しくない」
「そりゃそうだろ……桃の葉っつーのは薬にもなるが、使う時は乾燥させるんだよ。それか湯に入れるとかな。
胃腸で分解されると青酸を発生するから、そんまま食うのはまずい。吐き出しとけ」
「もう飲んじゃった」
「おま……」
「でも、大丈夫」
「……まあ、お前だからっつーかなんつーか。人間じゃないから平気だろうがな……」
「ちょい待ち、悟空。オレも酒に花びら浮かべて飲んじまったんだけど!?」
「あー。死ぬかもな。お疲れ、八戒」
「うそーーー!? ちょ、おい、マジかよ!」
「冗談だ。ちょっと食ったくらいじゃ死なねえよ。しかもお前のは花びらだろ」


神秘的な光景の静謐さが、それはもう見事に台無しになった。
予想はしていたがいつも通り変わらぬ三人に、悟浄と玄奘はわずか遠い目をしてしまう。

「風情とは、なんでしょうね……。すみません、玄奘様」
「ふふ、何故あなたが謝るのですか。この面子で花見となったらこうなるもの必然なのでしょう」
「まあ、そうですが。花を静かに愛でることもできないとは……」
「でも悟浄。私も花を静かに愛でられる時間は好きですが……。こういう賑やかさも、とても好きですよ」

すぐそばの、手が届く位置に咲く桃の花をそっと撫でる。
悟浄は清廉な景色の中に溶け込んだ玄奘の姿に、つと息を呑んだ。

「美しい光景の中で、他愛のないことで賑やかに笑い合える。とても、素敵な時間だと思います」
「玄奘様……」
「普段は旅路を急ぎ進むことに専念していますから。
こういった風景を見過ごさずに留まって眺めることは、私にも必要なことだと思えました」
「……そうですか、なら良かった」
「ありがとう、悟浄」
「え?」
「あとで皆にもお礼を言わなくてはなりませんね」

こちらに向き直り、少し困ったように苦笑する彼女を見て、悟浄はぱちりと目を瞬かせた。

「いえ、玄奘様。俺たちは礼を言われるようなことはなにも」
「悟浄は嘘をつくのがあまり上手ではありませんね」
「う」
「……私を励まそうと、心和まそうとしてくれたのでしょう? 玉龍から聞きました」

――そう。先ほど玉龍から聞かされたのは、仲間たちが玄奘を気遣い、
疲れを癒せるような事柄を思案してくれていたということだった。
花見を提案したのは、思いつきでも偶然でもなく。皆が好機だと思ったゆえなのだろう。

「玉龍……内緒にしておけと言ったのに」
「いえ、私が聞きだしてしまったのですよ。
……最近、旅の行程は順調とは言えないものでした。足止めも多かったですし、皆、疲弊していましたね」

本来ならば、一応の統率者である自身がこういった気遣いを見せるべきなのだと玄奘は言う。
どうにかしなくてはと思えど、刻一刻と世界が蝕まれている事実に、なかなか打開策が見つからない。
仲間の支えを嬉しく思い、申し訳なくも思い。少し目を伏せれば、悟浄は静かに首を振った。

「けれど、私は大丈夫です。悟浄。前に進むことに悲観的な気持ちはありません。そして立ち止まることにも」
「玄奘様……」
「こうしてあなた達と共に、花を愛でて賑やかな時を過ごせて嬉しいです。私は、やはり幸せ者なのだと思います」

安心させるように玄奘が微笑むと、悟浄の瞳が真摯な色を見せた。

「……俺たちも、幸せ者ですよ」
「……え?」
「あなたと共に歩めること、あなたを守り、同じ道を歩めることを。俺たちはみんな、幸福に思っているのです」
「悟浄……」

桃の花が、静かにゆるやかに散る。
優しい春風と仲間の想いに、玄奘は胸が温かくなるのを感じていた。


「お〜い〜。ごじょー?? なに姫さん独り占めしてんだよ〜。
なにか? アレか。絶賛、口説き中だった? おにーさんも混ぜろよー!」

――と、またもやそんな良い雰囲気をぶち壊したのは、ろれつの回っていない陽気な声色。

「八戒!? お前……」
「完全に出来上がっていますね……」

驚きながらも振り返れば、気付けば仲間たちがそばにいた。

「お師匠様。桃の葉っぱ、あまり美味しくないかもしれない」
「玉龍。葉をそのまま食べたのですか……?」
「おい、玄奘。桃がねえぞ。桃の酒もいいが、俺は実が食いたい」
「……悟空。桃の実は季節が違うでしょう。半年ほど待たないと実りませんよ」
「天界じゃ年がら年中、桃がなってんだよ。西王母っつーばーさんが管理してて勝手に食うとうるせえけど」
「さすが天界だな。桃の実が一年中なるのか」
「まあな。あー……桃食いたい」
「そんな悟空に朗報だぜー。オレのしっぽの存在忘れてねえ? おにーさんがなんでも叶えてやろう!」

なぜか、いつの間に話題は桃の花から桃の実へと。
先ほどの感動的な会話はどこへやら。悟浄と玄奘はちらりと目線を合わせて、ちいさく笑った。

「まったく……お前たちは仕方ないな。
で、八戒。お前の鞄は季節関係なしなのか? さすがに桃も腐っているんじゃ……」
「失礼なコト言うんじゃねーって! 桃だろー? ほら」
「お、ホントに出た」
「確かに……って、ちょっと待て。確かに桃の形だが、これは……」
「……桃饅頭?」
「ですね。桃饅頭のようです」
「同じようなもんだろー。人数分あるから食おうぜ。オレの非常食!」

八戒が自慢げに取り出したのは、どこをどう見ても桃饅頭だった。
確かに桃だ。けれども悟空が望んだのはそれではないはずで、同じようなものでは決してない。

がっくりと肩を落としながらも、まあ桃饅頭も嫌いじゃないけどな。と悟空が疲れた声を出す。

「とにかくそんなとこに突っ立ってんなよ。花なら座って愛でようぜ」



 *   *   *



「桃のお酒と、桃饅頭を味わいながら桃の花を愛でる……なんだか、ぜいたくですね」
「たまにはこんな贅沢もいいだろー? 姫さん、桃饅頭うまいか?」
「はい、おいしいです。ありがとう、八戒」
「甘いもん食べると元気でっからなー。姫さんなら2個でも3個でもサービスしちゃうぜ」
「ふふ、悟空と取り合いになるかもしれないですね」
「オレはガキか。……ほら、玄奘。どうせだから酒も飲めよ」
「あ、ありがとうございます。悟空。……朝からお酒というのも、抵抗がありますが」
「細かいことは気にすんな。お前はいちいち頭かたすぎんだよ。いっぺん理性飛ばしてやろうか?」
「な……っ、恐ろしいことを言わないでください」

穏やかに、賑やかに、宴は続いた。
ふと、傍を離れていた玉龍が、小走りで戻ってくる。
その手にはたくさんの花びらが乗せられていた。

「お師匠様。落ちてた桃の花、集めてきた。……きれいだよ」

ふわりと、まるで吹雪のようにその花弁が玄奘の頭上に落とされる。

「わ……すごいですね。綺麗……」
「うん。……でも、お師匠様のほうがきれい」
「……っ、ええと、ありがとう……ございます。玉龍」

屈託のない微笑みと共に告げられて、頬が熱くなるのを感じた。
桃の香りにつつまれて、少し頭がくらくらする。

「すげー直球。玉龍だから許されるってかー?」
「羨ましいならお前も口説けよ、八戒」
「……う、羨ましくなんてないんだからな! ちくしょー! 姫さん、オレも花吹雪やるから!」
「おい八戒。飲みすぎだぞ!」

玄奘と、仲間たちの笑い声が響く。
はらはらと散る桃の花。その周囲には、香りに誘われ鮮やかに舞う蝶の姿。
酒を口に含めば、春の暖かさに少し酔いやすくなるけれど、そのけだるさもやけに心地よかった。

「……きれい、ですね」
「そうだな」

呟いた声に返って来たのは、悟空の即答。
それはいつもの興味なさげな気だるさを、少しだけ消していて。
玄奘は微笑みながら、上空を見上げた。

仲間達の喧騒が吸い込まれ、空に投げ出された花弁が色鮮やかに染まっていく。
今日のおかげで明日があるのだと。そう思えることに深く幸せを感じながら。


春の陽射しに、そっと目を細めた。