Episodio3:Yang


雑然とした空気に苛立ちが増す。
顔を顰めながら、俺はいつもの席に着いた。

「楊、今朝は早いんですね?
 ちょうど例の報告が――」

無言で部下を一瞥する。
何やら書簡らしきものを持っている。

「ひっ……!」

俺の視線を受けた部下は、勝手に息を呑むと蒼褪めた。
ずいぶんと怯えているようだ。
つい殺気が滲んでいたらしい。

(まだ殺すほどではないが)

もし部下が俺の内心など知らず、ご機嫌に話し続けてなどいたら。
そのときはやはり、殺していたかもしれん。

「……置け」

声を出すのも億劫。
だが、いつまでも視界に棒立ちされるのも鬱陶しい。
部下は首を縦に振ると、机の上に書簡を置いた。
そしてすぐに俺から距離を取る。
なかなかに賢明だ。

「…………」

まだ文字に目を通す気分にはなれん。
眠れるものなら再び寝てしまいたいほどだ。
今日の目覚めは完全な不可抗力――俺が望んだものではなかった。

(あの女が悪い)

朝から部屋の掃除を始めた。
質素倹約を重んじる教会の女らしい無駄な発想だ。
だが、室内に人の動く気配があれば当然、目は覚める。

(苛立ちに任せ、寝台に引きずり込んでやろうかと思ったが)

今度はけたたましい音を立てて部屋の扉が開いた。
俺の部屋に無断で踏み込む阿呆は限られている。
ランとフェイだ。
朝ごはんだとの何だのと叫びながら、双子は女の手を引いて部屋を出ていった。

寝直そうかと思ったが――
覚めてしまった意識はどうしようもない。
渋々ながら身を起こし、無駄に綺麗に畳まれていた服を掴む。

(……あの女か)

袖を通しながら嘆息する。
どうにも無意味な真似をする女だ。
これが教国の教える博愛なるものだとすれば、実に無駄が過ぎる。

◆◇◆

老鼠の朝食としては定番の朝粥が運ばれてきた。
無言で食べ始めたところで、甲高い声が食堂に響く。

「え! 朝ごはんが!?」
「カ、カフェオレとビスコッティ、だけ!?」

うるさい。
また苛立ちながら視線を向けた。

「それしか食べないで大丈夫なノ!?」
「ランは駄目かもネ、お昼前に倒れるヨ」
「倒れるヨー……そんなの無理ヨー……」

身を乗り出す双子に、女は笑んで答えている。

「身体が馴染んでいるのかもしれないわ。
 みんな、ずっとそうして生きてきたから」
「ほわー……」

食文化の違いについて話しているようだ。
イタリアの平均的な朝食は、珈琲と甘い何か程度だと聞いた覚えがある。
特に面白い話題でもないと思うが、双子は興味津々らしい。

「でも、教会では朝からスープも用意しているの。
 ランとフェイくらいの、育ち盛りの子たちがいるから」
「フーン……どんなスープ?」
「海老入ってる?」
「野菜が中心ね。
 特に私の友達が作るスープはとびきり美味しくて――」

「おまえは作れんのか?」

「……え?」

女はぎこちなく振り向いた。
俺は少し首を傾け、微笑んでやる。

「その美味いスープとやらに興味がある。
 俺も教会を訪ねてみるか」
「だ、だめよ、楊!」
「駄目?
 俺に向かって、おまえが駄目と言うのか?
 俺の行動を制限する権利がおまえにある、と?」
「そ、そういう意味じゃないわ……!」

女は動揺を押し殺し、反論してくる。

「……教会の朝は早いの。
 だからあなたには、その、向かないと思って」
「なるほど。
 では、おまえの友人とやらを攫ってくるか。
 ここで作らせればいい」

女は顔を強張らせ、暫く逡巡をしてから口を開いた。

「……良かったら今度、私が作るわ……」
「ワーイ! 楽しみ!」
「アタシ、甘いもののほうがイイー!」

沈んだ顔をしている女を、にやにやと眺める。
スープなどに然程興味があるわけではない。
からかってみただけだ。

(俺を恐れているくせに、気丈に歯向かってくる。
 そのくせ、怯えを隠し切れていない)

愉快な――
健気な姿に、つい、口の端に笑みも浮かぶ。

(だが、それにしても……)

女の姿をじろじろと眺め、ふう、と息を吐く。

(つまらん。
 服に色気がなさすぎる。
 ……脱がせば多少見栄えするか?)


朝粥を空にした頃。
隣に置かれた書簡の存在を思い出した。
中身を確かめ、こちらの文字で書かれた報告に目を通す。

「……はっ」

中々に面白い報告だった。
読み進めるごとに頬が緩む。

(巧妙に隠そうとしているようだが、まだ甘い)

簡単に痕跡が見える。

(俺の目を盗んで勝手な真似をするとは、いい度胸だ。
 どうせなら寝首を掻くところまで来てほしいが)

いつまでも目を零してやる道理もない。
多少は俺の退屈を紛らわす遊びになるだろう。

「そろそろ灸を据えてやらんとな」