今日から藪入り。銀座に出ても閉まっている店は多く、宮ノ杜家の兄弟達は退屈な時を過ごしていた。

茂 「暇だねぇ……銀座に行っても暇だし、ここに居ても暇だし。とは言え、こうしてだらだらと過ごすのも何というか……あっ、おはるちゃん、今年は居るんだっけ?」
進 「みたいですね。確か……秀男もたえさんも残っているはずですよ」

 去年は兄弟六人で使用人実家近くの温泉に行ったが、今年はその使用人が屋敷にいる為温泉宿に行く必要がない。昨年は温泉に行きたくて行った訳ではない(一部温泉に行く為だと言い張っていた人は居るが)ので、この暑い夏、暑い温泉に行こうという者は、どうやら今年は居ない様だ。

正 「暑いなぁ……」
守 「こう暑いと書く気にもなれぬ……次男、そこを退け。風が来ぬぞ」
勇 「ちっ……貴様、斬られたい様だな」
正 「大佐、やめておけ。余計暑くなる」
勇 「はぁ……貴様達は軟弱過ぎるぞ!?」
守 「とは言うが……扇風機が何故か一つしか無いのだ、仕方あるまい」

 当時扇風機は殆どが輸入品であった為、庶民にとっては高級品だったが、宮ノ杜家では兄弟達の部屋に一台ずつ設置されていた……はずなのだが、今朝から何故か守の部屋の扇風機だけになっていた。

茂 「やっぱり守君の所に集まってたのか。ほい差し入れ。冷酒持って来たよ〜」
進 「冷たい飲み物なら別に酒じゃなくてもいいと思うんですがね……」
勇 「さすがは揚羽、気が利くではないか」
茂 「揚羽は関係ないんだけどねぇ……はい、正兄さん」
正 「昼間から呑むのはどうかと……ま、いいか」
守 「しかし何故急に六台もの扇風機が消えたのだ?」

 藪入りと言えば使用人達にとっては唯一の休暇。帰省する者が殆どだが、今年は帰省しない宮ノ杜家使用人が千富の他に三名居た。

千富 「……たえはいいとしても、はると秀男さんは実家に帰った方がよかったのではないですか?」
はる 「汽車の切符を二枚買おうとしたのですが、杉村さんが買っておくからと言っていたので……」
たえ 「し、仕方ないじゃない!忙しくて買いそびれちゃったんだから!」
秀男 「あんなに偉そうに、あたしが買っておいてあげるから!とか、仕方なくあんたに付き合ってあげるんだからね!とか言っていた人が、まさか買い忘れるとは思ってもみませんよね〜」
たえ 「し、使用人最下層のあんたに言われたくないわよっ!」
秀男 「い、いててて……!」
千富 「おやめなさい!全く……」
はる 「実家には一応連絡はしてあります。明日にでも帰れたら帰りますが、汽車の切符次第でしょうか……」
千富 「判りました。ではたえと秀男さんはこの藪入りの間は帝都に居るのね?」
秀男 「ふぅ……あ、はい。私は元々戻る気はありませんでしたので、千富さんの手伝いをしますよ」
たえ 「もちろんあたしもお手伝い致しますわ。縁談なんてもう来ないのに実家に帰りたがっている使用人若干一名はどうするのか知りませんけれど」
はる 「んもうっ、たえちゃんのいじわる!」
たえ 「あら、本当の事じゃない」
千富 「はぁ……あなた達は仲がいいんだか悪いんだか判らないわねぇ。とにかく今日一日はしっかりと働いて頂戴。旦那様もご兄弟も皆お屋敷にいらっしゃいますからね」
たえ 「はい、判りました!」

 自称発明家の五男・博とその博を呪殺しようと目論む六男・雅は庭園に居た。

博 「むふふ〜、ここをこうして……っと。でーきたっ!」
雅 「お前よく飽きないよね。こんなガラクタ作って何になるのさ?」
博 「雅には関係ないだろ?ふんっ」
雅 「何これ、ここを押したら……」
博 「だ、だめだって!勝手に触らないでよ!これはおれがやっとの思いで作り上げた魁丸初号機なんだからね!」
雅 「何が初号機なんだか。その度に扇風機を使われたら困るんだけど。こんな羽根の固まり、飛ぶわけないじゃん。ばーか」

 と吐き捨てるように言うと雅はその場を後にした。

博 「ふーんだ。あとは電気を流せばこいつが空たかーく飛ぶんだよ!世紀の大発明〜!夜になってからやろーっと」



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 そして日も沈み、やっと涼しくなってきた帝都の夜。

正 「結局今年は千富以外にも三名残ったのか」
千富 「ええ、今日の所はそうですわね。にしても……博様、扇風機を無断で使い、しかも作りかけのガラクタを庭に放置するとは何事ですか!?」
博 「あれはもう完成してるの!ガラクタじゃないの!」
茂 「ええっ、博が犯人だったのかい?」
博 「でへへ……」
勇 「貴様のせいで今では宮ノ杜家に扇風機が一台しかないのだぞ!?」
雅 「そのうち僕が呪い殺しておくからいいって」
守 「はぁ……さすがは宮ノ杜家、常識外れな事も日常的に起こるとはな」
進 「博、だめじゃないか。みんなの扇風機を無断で使ったら」
博 「だ、だってさ……」
正 「明日にでも新しい扇風機を買ってこさせるか」
進 「ですが今は藪入りでどこも店は休みですから、買えるかどうか……」
雅 「博のせいで数日暑いまま耐えなきゃならないなんて、最低すぎ。死んだ方がよくない?」
博 「雅になんかぜーったい見せてやらないからな!!……もういいよ。ごちそうさま」
進 「あ、博!」

 みんなの前で動かして、びっくりさせてやろうかと考えていたが……どうもそういう雰囲気でない。博は一人夜の庭園に出向き完成した魁丸初号機の前に立つ。

博 「ちぇっ……みんな見てくれようともしないなんてさ」
はる 「あっ、博様!これ……何ですか?」
たえ 「羽根の固まり?」
秀男 「そのようですね……」
博 「もーっ!違うの!これは魁丸初号機って言って、電気を流すと羽根が回って空高く飛び上がるんだよ!」
はる 「えっ……!?」
秀男 「飛んだら何かいい事があるんです?」

 世紀の大発明(予定)は凡人には理解が難しいらしい。

博 「……はる吉はすごいって言ってくれるよね?」
はる 「え、えーっと……まず飛ばさない事には何とも……ね、ねぇたえちゃん?」
たえ 「あたしに振らないでよ!そ、そうですわね〜、とにかく動かしてみては如何でしょうか?でなければ博様の発明品のよさは伝わりませんわ」
秀男 「けど本当に動くんですかねぇ?」
博 「動くんだよ!ふんっ、絶対凄いって言わせてやるんだからね」

 そして魁丸初号機に近づくと、電気を流すべく支度を始める博。

はる 「博様、大丈夫なのですか?電気って……危なくありません?」
博 「大丈夫だって。ここをこうして……よし、準備出来たよ〜」

 その言葉を聞き、身の危険を感じたのか数歩下がる使用人達。

博 「むっ……何で下がるの?」
たえ 「そ、それは念のためですわ。実験の邪魔になってしまってはいけませんし」
はる 「で、ですね!空高く上がるといいですね!」
博 「うんっ。……さーていよいよ世紀の一瞬でありますっ!いくよー!?……ぽちっ」

 と博がボタンを押した瞬間。

博 「あ……あ、あれれのれ……?」

 煌びやかだった宮ノ杜家敷地が一瞬にして闇に包まれた。



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茂 「はー……やっと見付けたわ、蝋燭。ほい、七本だけだけど」
守 「一人一本か……もっとないのか?」
進 「たえさん達が用意しているでしょうが、もうこの時間ですし」
正 「しかし急だったな。いつも停電する時はそれなりに予兆があったんだが……」
進 「ですね。いきなり一斉に停電しましたからねぇ」
守 「扇風機は一台しかない、しかも今宵は停電とは……やはり宮ノ杜は呪われているな」

 と、そこに停電させた張本人が登場する。

博 「でへっ……でへへ……やっちゃった」
勇 「……まさか今宵の停電、貴様のせいとは言わぬだろうな!?」
博 「ち、違うよおれのせいじゃないよ!おれが停電させたんじゃなくて魁丸初号機が……」
勇 「貴様のせいだろが!」
進 「博、もう少し考えて実験しないとだめだぞ?」
博 「だ、だってまさか停電するとは思わなくてさぁ……」
正 「はぁ……やってしまったものは仕方がない。茂、さっさと蝋燭を点けろ」
茂 「今やってるのっての!……まず一本ね」

 暗かった守の部屋がうっすら明るくなった。何故か守の部屋に集まっている兄弟達。

守 「停電はいいが何故俺の部屋に集まっているのだ?」
雅 「降霊の儀式だったら人が集まっている方がいいからね」
守 「は……?」

 茂が七本の蝋燭に火を灯し終えた時、雅が提案する。

雅 「僕達は七人、蝋燭は七本。これはもう百物語をやって呼び寄せるしかないでしょ」
守 「それがここに集まった理由か?」
進 「関係ないとは思いますが……雅、呼び寄せるって何をだい?」
雅 「霊に決まってるじゃん」
勇 「ふん、そんな物呼び寄せるまでもないと思うがな」
正 「た、大佐!あまりそういう事を言うな!」
茂 「そっか、勇兄さん見える人だっけ……あ、進もだよね?」
進 「は、はい……一応」
守 「馬鹿馬鹿しい……何が霊だ!」

 守は兄弟達を常々会話が通じない変な連中だと思っていたが、今夜もそう思わざるを得ないようだ。

雅 「御杜、お前から始めなよ」
守 「ま、待て!百物語と言えば怪談話だぞ!?いい歳をした大人のする事ではあるまい!?」
正 「御杜の言う事はもっともだ。百物語と言えば蝋燭は百本必要な訳だ。しかし目の前には七本しかない。これでは出来んな、うむ」
進 「ですねぇ。あ、だったら趣向を変えて……」



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 一方、今月末の披露式に向けて仕事をしていた玄一郎の部屋にも蝋燭が灯る。

平助 「玄一郎様、蝋燭をご用意致しました」
玄一郎 「最近多いな。やはり電灯会社を何社か買っておいた方がよいかもしれんな」
平助 「ですが今回の停電の原因、どうやら博様の実験の様でして……」
玄一郎 「はぁ……何をやっておるのだ、あいつは」
平助 「では電力を復旧させる様手配しておきます」
千富 「まぁ、まだ起きてらしたんですの?そろそろお休みになりませんと」
玄一郎 「千富、博を叱っておけ」
千富 「ご自分でされたらよろしいですのに」
玄一郎 「そういう事は私の仕事には含まれておらぬからな」
千富 「子供を叱るのは仕事では御座いませんわよ?さ、もう遅いですわ。お休み下さい」
平助 「では玄一郎様、失礼させていただきます」
玄一郎 「平助、扇風機がなくなったと聞いたが、それも博の仕業か」
平助 「その様で御座いますな。明日買い付けて参ります」
千富 「あら、お店は殆ど休みだと聞いておりますけれど……」
平助 「玄一郎様のご要望であれば休業している店でも問題ありませんからな」

 そして庭園に居た使用人達は就寝時間になった為宿舎に戻っていた。

たえ 「……にしても博様には困ったものねぇ」
秀男 「ですね。よくあるんですか?」
はる 「ううん、博様のせいで停電なんて今回が初めてじゃないかしら?」
たえ 「そう言えばそうかもね……さ、点いたわよ」

 はるの部屋に集まっていた三人の前に三本の蝋燭が灯る。

秀男 「雰囲気でますよねぇ、蝋燭って。うちの実家じゃまだ使ってますよ」
はる 「うちもよ。こうして見ていると懐かしくなるわよね」
たえ 「田舎自慢はよして頂戴!……ねぇ、百物語ならぬ、三物語でもしない?」
はる 「え……?」
秀男 「三物語って……怪談話ですか。まぁいいですけど。ちなみに言っておきますが私のは怖いですよ?」
たえ 「使用人最下層のあんたがこのあたしに勝てると思って?」
秀男 「そろそろその呼び方やめてくれませんかね……」
はる 「私……何かあったかな……」



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正 「何故こんな流れになったんだ!?」
勇 「進の提案によって怪談話ではなくなっただけだろうが。……おい御杜、貴様から開始せよ」
守 「はぁ……!」
博 「わくわくするね!だって恥ずかしい話を言うんでしょ!?ねーねー、守の恥ずかしい話って何?」
雅 「僕参加しないし」
茂 「ここまで来てそれはないでしょー」
進 「自分で言い出して何だけど俺の場合ありすぎるというか何というか……」

 結局怪談話ではなく恥ずかしい話を一人ずつ言い、言い終えたら目の前の蝋燭を消す事になった宮ノ杜家兄弟達。昨年まで六名であったが今年春から七名となっている。

守 「……ちなみに俺だけではないだろうな?貴様達も言うのだろうな!?」
茂 「もっちろんさ!よっ、待ってました!」
博 「早く早くっ!」
守 「えー……ごほん。実は俺の小説の愛好者から貰った手紙の相手と一度逢い引きしてみようと思い、試みた事があってだな……」
正 「逢い引きだと?」
勇 「それでどんな女だったのだ?早く先を言え!」
雅 「おえっ、御杜って最低」
守 「くっ……そ、それでだな……待ち合わせ場所を決め、その相手と会ってみたのだが……いや、もちろん文面からして若い女だと思ったからだったのだ。だが……」
博 「そ、それで!?」
茂 「あ、オチ判った〜。あれでしょ、やってきた相手は男だった!……とかさ」
守 「いや……子供だった」
進 「こ、子供ですか!?」
雅 「子供と逢い引き?見境無いね」
守 「会うまでは子供だと判らなかったのだ!」
正 「やれやれ……いいか御杜、宮ノ杜の名を汚す事だけは……」
守 「も、もういいではないか!しかも会ってからずっと俺の作品の愚痴を聞かされたのだぞ!?延々とな!……もう思い出したくもないが」
勇 「恥ずかしい話か……ふむ、俺にはないな」
茂 「なさそうだねぇ……あっても気にしてないだろうし」
博 「ほいほーい、次はおれね!えーっと……」

 使用人達の方は一つ目の話が終わろうとしていた……

たえ 「……それで、その人は永遠に井戸の底にいて、毎晩助けてを求めて……」
はる 「ぎゃーーーーーーー!!」
秀男 「み、耳がっ……!」
たえ 「まだオチを言っていないんだけど……ま、いいわ。充分怖かったみたいね。じゃあ……消すわよ」

 目の前にあった三本の蝋燭のうち一本がたえにより吹き消された。……残りは二本。

秀男 「では次は私の番ですね。……私がここに来た頃の話です。実は……」
はる 「こ、今夜寝られないかも……!」



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茂 「……で、博の恥ずかしい話って?」
博 「あ、うん。おれじゃないんだけど……父さんの話」
正 「な、何?当主の恥ずかしい話だと!?」
進 「え、ええっ!?」
博 「うん。恥ずかしいっていうか……びっくりした事!この前お風呂に入ったらさ、父さんが先に入ってたんだよね」
守 「玄一郎も入浴……するか」
茂 「そりゃするでしょ。俺達の誰も一緒に入った事ないけど。んで?」
博 「それでおれ、その時父さんの背中を見たんだけど……猫の足跡があったんだよね……」
正 「ぶっ!ね、猫……?当主にか!?」
雅 「何それ。猫の呪い?」
博 「だと思うよ。おれ、父さんには猫の呪いがかかってると思うんだよね……だってこーんなでっかい肉球みたいなあざがあったもん」
守 「に、似合わぬ……」
進 「全く想像出来ませんね……」
勇 「うーむ……俺にも背中にあざがあるらしいが、どうやら違うようだな」
茂 「わーやらしっ!けどさ、父さんと猫とか全然繋がらないねぇ」
雅 「だから呪いなのさ。……お前達はどうやら気が付いてないようだね。父様には昔から猫が寄り付かないって事に」
正 「そ、そうだったか……?というか犬や猫と一緒に居る所を見た事がないんだが……」


はる 「……旦那様だったの!?」
秀男 「そーなんですよ!朝早く庭園で乾布摩擦をしてたんですよ!!その時見た背中に、こんな大きな猫の足跡がありましてね……」
たえ 「ね、猫の呪いとか言うんじゃないでしょうね!?旦那様には昔から猫が近付かないって噂なのよ!?」
はる 「えっ……な、何か寒くない……?」
秀男 「やはりそうでしたか……これは呪いですよ!間違いありませんよ!」
はる 「た、たえちゃん今夜一緒に寝ようよ……!」
たえ 「何であんたと一緒に寝なきゃならないのよ!?」

 その噂の主、玄一郎は……

平助 「お呼びで御座いますか、玄一郎様」
玄一郎 「……いや、何やら胸騒ぎがしてな」
平助 「電気の件であれば先程話を付けまして、明日朝には復旧するとの事です」
玄一郎 「そうか。ふむ……気のせいか」


オワリ

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