【白ノ願イ】

「グミうま」
「一個ちょうだい」
「ん」
「僕、ブドウ味がよかったな」
「じゃあもうやんない」
「うそうそ、コーラ味もおいしいよ」
「当たり前だろ」

 時計塔広場の噴水の縁に腰掛け、一番好きなコーラ味のグミを食べる。横には廻螺(エラ)。オレたちの視線の先には最高に頭が良くてカッコよくて自慢の兄貴である綸燈[リンドウ]=ウェステリア。オレと名字が違うのは――秘密だ。男には秘密があった方がカッコイイって兄貴も言ってたし。たぶん。

()(トラ)さ、ほぼ毎日のように綸燈のこと待ってて飽きないの?」
「飽きるわけねーじゃん。飽きる理由がねえし」
「だよねえ。愚問だったよね、ごめん」
「グモン……」
「無意味な質問だったなあってこと」
「知ってたし!」
「はいはい」

 オレより年下の廻螺。オレからしたら頭の良い弟だけど、なんとなくオレが弟扱いされているような気がする時がある。というより、割とずっとそうだ。もしかして、オレって――弟気質?

「なあなあ、廻螺」
「うん?」
「オレ、弟っぽい?」
「んん? 弟っぽいというか弟でしょ」
「お前もオレのこと弟って思ってるかってこと」
「うーん、弟っぽいなあって思うことはあるけど……一応僕より泣虎のほうが年上だしね」
「おう」
「だから一応そこは思ってないってことにしておくよ」
「おう」
「……大丈夫? ちゃんとわかってる?」
「ウン」
「本当かな……」

 まだ納得していないような表情の廻螺だが、オレとしては廻螺が弟ポジションってことがわかったから、何でもいい。やっぱりオレが廻螺を守ってやらねえと。

「ほら、もっとグミ食っていいぞ」
「うん、いらない」
「ちぇ」

 廻螺に差し出したグミは心なしか寂しそうにオレの口の中に吸い込まれていく。大丈夫、オレが廻螺の分も味わってやるから。グミを口の中で転がしながら、見慣れた光景にふと思う。変化がないものはつまらない。
 兄貴が望む世界に変われば退屈な気持ちはなくなるのか。オレは別に兄貴がいれば何でもいいが、少しでも退屈な世界が楽しくなればいいと思う。だってその方が兄貴だって嬉しいはずだ。

 何故オレの思考が兄貴第一かって?
 廻螺はたまに零す。『泣虎は綸燈を切り離して考えられないの?』とか。オレは逆に、何故切り離して考えなければならないのかと首を傾げる。兄貴はオレにとってたった一人の家族で、ヒーローで――神様だ。
 兄貴のすることは誰よりも正しくて、賢くて、勇気があって、兄貴のことを信じていれば絶対上手くいく。実際、兄貴が救ってくれたあの時から、オレの人生上手くいってる。悪いことなんて何にもない。
 幸せの秘訣は兄貴一択。

「今日の夕飯何かなー」
「僕と勝負する?」
「おう! 絶対負けねーけどな」
「まずお米と麺、どっちだと思う?」
「オレは麺」
「なるほど。僕も麺だと思うなあ。ちなみに麺の種類は? 僕パスタ」
「オレも」
「じゃ、絞っていこう。何パスタ?」
「ナポリタンだな。廻螺は?」
「ボンゴレビアンコ」
「何だそれ」
「アサリのパスタだよ。なんかあくまでイメージだけど、綸燈が作ってそうじゃない?」
「兄貴は何でも作れるし」
「そういうことじゃなくて、イメージだよイメージ。ナポリタンよりもボンゴレビアンコの方が似合うっていうか……ナポリタンは泣虎が口の周りをケチャップまみれにして食べてそうなイメージみたいなものだよ」
「お前オレを何だと思ってんだ……」
「大きな子供?」
「…………」

 悪びれもなく首を傾げる廻螺を純粋に殴ってやりたい気持ちになるが、これだと本当に子供だと言われそうだからやめた。そうじゃなくても殴るわけねえけど。

「あ、泣虎。綸燈来たよ」
「兄貴!」
「おあずけされてた犬みたいになってるよ、泣虎」
「ワン!」
「随分と大きい犬だ。廻螺が見張っててくれたのかな?」
「そうだよ。ね、()(とら)(けん)
「オレ、犬じゃねえし」
「さっきワンって言ってたじゃん……」

 兄貴が合流して自然と三人で歩き出す。

「廻螺も夕飯、食べて行くかい?」
「お邪魔じゃないなら」
「邪魔なわけないさ」
「じゃあお邪魔する!」
「なあなあ兄貴、夕飯何?」
「さっきまで泣虎と夕飯は何か二人で予想立ててたんだよ」
「なるほど。夕飯は――」

 廻螺と一緒に兄貴の口の動きに注目する。

「パスタにしようと思ったんだが」
「何パスタ!?」
「ナポリタンだよな!?」
「違うよ! ボンゴレビアンコだよね!?」
「いいや、ミートソースだよ」
「ミート……」
「ソース……」

 廻螺はたぶん、こう思ってるはずだ。
『綸燈にミートソースのイメージないのに』ってな。オレ、結構イイ線いってた気がするんだけど。褒められても良いくらいには。ナポリタンも子供っぽいならミートソースも同じようなイメージだろ?
 イメージ。イメージって何だ?
 よくわからなくなってきた。オレのイメージって何だ?
 兄貴の弟。透京の門番。廻螺の幼馴染……あ、違う。これはイメージじゃなくて、兄貴にとっての自分とか、透京にとっての自分の役割、廻螺にとっての自分でイメージじゃない。
 じゃあ、オレのイメージは?

「なあなあ、兄貴」
「うん?」
「オレってどんなイメージ?」
「ふむ、泣虎のイメージね」
「泣虎ってたまに考え出すと止まらないことあるよね」

 兄貴は目を伏せがちに何やら考えている様子。廻螺はさっきの言葉にある通り、オレの疑問に対してどこか呆れたような、そんな様子。
 けど気になるんだから仕方ないじゃん。きっと透京の人間はオレのことを近寄りがたいヤツで、頭悪そうで兄貴にベッタリなヤツだって思ってるんだろ。あ、これがイメージか。

「オレって近寄りがたくて頭悪そうで兄貴にベッタリなヤツってイメージ?」
「あれ、自己解決してる」
「否定しろよ」
「だって、だいたい合ってるよ?」
「そんなことねえし……」

 そんなことはないはずだ。たぶん。

「確かに世間のイメージはそうかもしれないが、世間がどう思っていようとお前は私の可愛い弟に変わりはない。それでも第三者から見た泣虎のイメージを知りたい?」
「兄貴……」

 優しくこちらを覗き込む瞳はオレと同じ虹色だ。でも、オレは兄貴みたいにキレイじゃない。どうして同じ兄弟なのにこんなに違うんだろ。遠くから見たら同じかもしれないけど、近くで見たら全然違う。兄貴の方がずっとキレイだ。オレはきっといつまでも兄貴には追いつけない。けど、それでも全然良い。だって兄貴はオレの“唯一絶対”だから。兄貴がいるからオレはオレでいていいんだ。兄貴がずっと一緒にいてくれるなら、怖いものなんてない。

「あれ、泣いてるの? 泣虎」
「……泣くわけねえし」
「昔から泣き虫だからね、お前は」

 泣き虫なんかじゃない。でも兄貴の前ではいつだって泣き虫のオレが顔を出すんだ。

▼△▼

 家に帰り、着替えをするために部屋へと引っ込む。扉の向こうでは兄貴と廻螺の楽しそうな声。早く会話に混ざろうと慌てて着替えれば、足がもつれて床に転ぶ。

「いってえ!」

 情けない上に、転んだことがなんとなく恥ずかしく、イライラしながら体を起こす。すると、ベッドの下に光る何かが見えた。

「何だ?」

 覗いてみれば、ガラスで出来た靴。しかも片っ方だけ。どっかから持って来たんだっけ、と考えるがそんな記憶はない。となると、誰かがここに置いていったのか。

「まさか兄貴……なわけないか」

 とりあえず手に取ってみると、そこにはメッセージカードがあった。見ないで捨てるのは、何となく嫌だったので、めくってみる。

『泣虎[ナトラ]=ピオニー 様
    このガラスの靴にあう者が、あなたの願いを叶えるだろう』

「オレ宛じゃん」

 自分の名前が書かれていて余計に訳がわからなくなる。ただ、捨てるのは悪いような気がしたので、机の引き出しに割れないようにしまった。

「そもそもオレの願いなんてねーし」

 しいて言うならば、兄貴の願いが叶うこと。それで十分。
 そしてオレは扉の向こうの日常に再び戻ることにした。心の隅っこにあの靴をしまって。

END